2012年4月3日火曜日

Men's Museum - 谷町を中心としたマップ


英語でスーツとかジャケットなどと呼ばれるものが
なぜわが国でセビロと呼ばれるようになったのでしょうか
いくつかの説がありますが代表的なものを挙げてみます
あなたはどの説を支持されますか

2012年4月1日日曜日

シエラレオネの大西洋奴隷貿易


シエラレオネの大西洋奴隷貿易

シエラレオネの大西洋奴隷貿易

英文題名: Atlantic Slave Trade in Sierra Leone

児島秀樹(Kojima Hideki)

1. はじめに

シエラレオネは解放奴隷による植民が行われた国として有名である。その首都フリータウンはまさに解放奴隷が暮らすために創設された。しかし、奴隷貿易廃止後も、シエラレオネでは奴隷貿易が行われていた。解放奴隷によるシエラレオネ植民が始まっても、奴隷貿易も行われていたという点で、シエラレオネは特異な歴史をもっている。

シエラレオネは上ギニア(Upper Guinea)の一部として扱われることが多い。上ギニアはガンビア河口からマウント岬までの地域である。(1)西欧人が西アフリカに進出してきた頃には、シエラレオネの北側に位置するセネガンビアには中央集権国家が存在し、その南側のギニア海岸地方もヨルバ人を初めとした有力な部族によって統治されていた。それに対して、シエラレオネ地方は数カ村程度にまとまった小部族の連合体にすぎなかった。

大航海時代の先駆をなしたエンリケ航海王子が死亡した年、1460年に、ポルトガルの西アフリカ遠征はシエラレオネまで到達していた。イギリスも遅くとも1562年にはシエラレオネに到達し、ジョン・ホーキンズが軍事的援助と引き換えに、シエラレオネの王たちから多数の捕虜・奴隷を獲得した。(2)

エルティスたちが編集したCD−ROMデータを利用すると、シエラレオネ(ヌネス川からマウント岬)から積み出された奴隷の数がアフリカ全体に占める位置づけは表1のようになる。

      表1: シエラレオネの奴隷輸出の割合

出典: D. Eltis, S.D. Behrendt, D. Richardson and H.S. Klein (eds.), The Trans−Atlantic Slave Trade: A Database on CD−ROM, Cambridge, (1999).

エルティスたちのデータを見る限りでは、シエラレオネからの奴隷の積み出しは、1760〜1810年(1777〜83年のアメリカ独立戦争時代を除く)が一つのピークをなして、その後も、1820−26年、1829−30年、1833−40年に1000〜4000人をこえる、間欠的な山が続いている。シエラレオネからの奴隷が入港した港は、18世紀には、サント・ドミンゴ、ジャマイカ、グレナダ、カロライナで60%をこえていたのに対して、19世紀には、確認できるアメリカの地域としては、キューバが25.6%を占め、ギアナとカロライナが10%弱で続いた。

2. シエラレオネの現在と過去

シエラレオネの輸出品は西欧諸国と接触することで、象牙や染料木などの特産品から始まった。18世紀に奴隷の輸出に重点が移されたが、19世紀には、プランテーションで産出されたコーヒー、カカオなどの農産物の輸出が重要となった。しかし、農産物は、現在では、輸出品の10%程度にすぎなくなり、チタンの原料鉱である金紅石の他、ダイヤモンドやボーキサイトなど、鉱石の輸出が総輸出の70%以上を占めている。ダイヤモンドをめぐる戦乱も経験し、シエラレオネ共和国の乳児死亡率が世界で1位であるのは有名である。(3)

シエラレオネは現在、英語を公用語とし、クリオ語、メンデ語、テムネ語なども話されている多民族国家である。クリオ語はフリータウンを中心に20万人の話者がいて、第2、第3言語として使用する人々は30万人をこえると言われている。(4)宗教的には、シエラレオネ人口の半数ほどがアニミズム的な伝統的慣習を守り、3分の1ほどがイスラム教を奉じ、キリスト教信者が残りを占めている。

テムネ人とメンデ人が、現在、シエラレオネ共和国の人口の3割程度をかかえている。テムネ人は15世紀にシエラレオネ北部に移住してきた。メンデ人は米を主食とし、16世紀半ばに南部に移住してきた。この二つの種族によって、シエラレオネは国が二分されている。

15・16世紀に、ポルトガル人はシエラレオネの海岸地方に住む人々をサペ(Sape)とよび、内陸部のメイン(Mane)と区別した。(5)このメインが16世紀半ばにシエラレオネ南部に移住してきたメンデ人であり、彼らは海岸地方に進出した。この侵入、すなわちメイン戦争によって、多くの捕虜がポルトガル商人に奴隷として売られ、メイン戦争がこの時期の奴隷供給源となった。その後、ポルトガルはコンゴ、アンゴラを中心に奴隷を求めていたが、17世紀末には、ブラジルの需要をまかなえなくて、上ギニアからも再び奴隷を輸出するようになった。しかし、18世紀に入ると、実際には、ポルトガル船よりも英仏の船舶のほうが多く奴隷を獲得したようである。上ギニア地方でのフランスの奴隷貿易は� �8世紀前半、特に1736〜44年が最盛期であり、ナントの船舶の3割が上ギニアに向かった。その後、ヨーロッパ内での戦争でフランスが後退すると、18世紀後半にはイギリスが介入することとなった。(6)

その他にシエラレオネには、西欧人が渡来する以前からこの地域に定住していたリンバ人(現在、30万人以上で、人口の10%弱)、15世紀にテムネ人と同様に、沿岸地域にやってきたシェルブロ人(現在、13.5万人ほどで、人口の3%強)などの、伝統的な社会を形成している人たちもいる。その他に、スス(約12万人)やヤルンカ、ヴァイ、ブロム、キッシなどの少数部族がシエラレオネで暮らしている。

メンデ人はマンデ語系の種族である。マンデ、あるいは、マンディンゴとよばれる人々はマリを中心におおよそセネガルからコートジボアールまで広く居住している。スス、ヤルンカ、ヴァイもマンデ系である。10世紀のガーナ王国はマンデ系のソニンケ人が形成したものであり、1324年に黄金を携えてメッカ巡礼の旅に出た、第9代のマンサ・ムーサ王の話で有名なマリ王国もマンデ系である。(7)

シエラレオネの多くの種族は、米の他に、キャッサバ、モロコシ、ミレット、綿花、インディゴ、サツマイモなどを栽培していた。シエラレオネの住民は米や綿花の栽培技術を持っていたので、北アメリカのプランターはシエラレオネ出身の奴隷を高く評価できた。

大多数の土着の人々はフリータウンのエリート層と異なり、結社を基軸とする伝統的な社会を構成している。(8)アフリカ大陸の北部と南部を除き、西アフリカから東アフリカにかけての28カ国で広くみられる女子割礼の慣習は、シエラレオネでは、成人になるための通過儀礼として、女性用のボンド結社によって遂行されている。ただし、18世紀のマシューズの報告によると、シエラレオネにおける女子割礼はスス人とマンディンゴ人だけが行ったものにすぎない。(9)

クリオは解放奴隷の末裔である。彼らは、1787年に建設されたフリータウンを中心に生活し、実業家、官僚、教師などのエリート階層を形成している。クリオは1839年からナイジェリア南部などへも植民を開始した。クリオ人エリートは、ヨーロッパがアフリカで福音伝道を開始して、英国流の教育を受け入れた最初の人たちであると言われる。(10)

解放奴隷が定住していたにもかかわらず、18世紀末頃から1896年まで、シエラレオネでは奴隷を獲得するための戦争・襲撃が繰り返された。1808年、フリータウンはイギリスの直轄植民地となり、奴隷貿易取締のために、英国海軍の基地が設けられた。英国海軍によって、大西洋上で捕獲された奴隷貿易船の奴隷はフリータウンで解放された。フリータウン直轄植民地以外のシエラレオネ各地は、1896年にイギリスの保護領とされたが、1961年4月27日に、イギリス連邦に加わる形で、シエラレオネは独立国となった。

奴隷貿易の時代、アフリカの人口の約3分の1が子供であったと推測されている。1800年以前に、奴隷として大西洋を渡ったアフリカ人の中で、子供は20%より少なかった。それに対して、子供が多かったので有名なのがシエラレオネで、シエラレオネからの奴隷の35%ほどが子供であった。ところが、19世紀に入ると、1811〜67年に大西洋奴隷貿易で扱われた奴隷の41%が子供となった。中でも、ザイール川北部からの奴隷は52%以上が子供であり、アンゴラの奴隷は59%、東南部アフリカの奴隷は61%が子供であった。19世紀には「大西洋奴隷貿易は子供の貿易になった」とさえ言われる。(11)

シエラレオネは解放奴隷の定住地となるとともに、奴隷輸出がそれほど減少しなかった地域でもあった。ここではその疑問に直接に答えるのではなく、奴隷輸出がなくならないほどに、シエラレオネで展開していた奴隷制がどのようなものであったのかを調べてみよう。アメリカの先住民と黒人を比較すると、奴隷制それ自体や農業技術へのなじみの点で、黒人のほうが奴隷として適格であったと思われる。

3. 西アフリカの家内奴隷制

シエラレオネの奴隷に関しては、ロドニーが論争を提起している。アフリカには昔から奴隷制が存在したのか、それとも、大西洋奴隷貿易に関連した制度であるのか。ロドニーはシエラレオネ地方の奴隷制は、そして、おそらくサハラ以南のアフリカの家内奴隷制は大西洋奴隷貿易以前には存在しなかったか、存在しても、その人口の割合からすると重要なものではなかったと主張した。大西洋奴隷貿易とともに、その重要度が増して、規模も拡大したにすぎないと。ロドニーは「家内奴隷制」(domestic slavery)という表現で表されているものは奴隷制ではないと考える。その「奴隷」たちは主人の世帯の一員であり、重罪を犯さないと売買されないし、自分用の土地も持っているし、その成果に対する権利も持っ� ��いる。彼らは結婚もできたし、子供には相続権もあった。ロドニーにとっては、このような属性は奴隷にあたらない。(12)

ロドニー説を確認することも、否定することも、二重の意味で困難である。アフリカの他の地域と同様、シエラレオネの歴史は、シエラレオネの住民が文書を残していないため、ムスリムの文献や口頭伝承の他は、たいてい西欧各国に残る史料で確認することになる。西欧は西アフリカ各地と接触するとほぼ同時に、大西洋奴隷貿易を開始しているので、それ以前の歴史の多くは推測するしかない。それだけでなく、西欧の文献を信用したとしても、19世紀に植民地の官僚として在住したヨーロッパ人の目にさえ、奴隷と主人の区別がつかないときがあったほど、奴隷とそれ以外の人の境界線がヨーロッパの基準からは曖昧であったので、西欧の文献に奴隷の記述がなくても、15世紀より前に奴隷が存在していた可能性は高い。

第二に、奴隷と主人の区別にも関係するが、奴隷制の定義によって、大西洋奴隷貿易以前に、奴隷制が存在したとも、しなかったとも言える。ここでは、単純に基本的には、人身売買の対象となった人たちを奴隷と理解しておく。しかし、人身売買されると、それはすべて奴隷であろうか。ほとんど人身売買と同じように金銭取引され、蔑視と差別の対象とされた、『女工哀史』の女工たちや、金品の授受が当然視された婚姻制度における女性は、奴隷とは言わないのであろうか。確かに、債務の弁済や婚資の授受は「売買」とは異なる。売買自体にさまざまな形式が区別されるので、厳密にみると、人身売買を奴隷化の判断基準とするわけにはいかない。同様に、奴隷解放されるためには、身請けされる必要があるが、「身請け」でし� ��解放されない人たちは、すべて奴隷なのであろうか。

2012年3月30日金曜日

冷温停止: 大石英司の代替空港


 半島有事・ラスト7巻目。てっきり来週末だろうと思っていたら、昨日、首都圏での入手のご報告を頂戴しました。なので全国的には、月曜発売になろうかと思います。
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※ 野田首相が原発事故「収束」宣言 記者から「違和感」指摘する声

 原発反対な皆様は、「収束」というフレーズに反応しているようですが、地元的にも、それが不愉快な表現であることは解る。政府として年内収束に執着したことも明かだろうし。ただ、冷やし続ければ、いつかは科学的な意味合いで冷温停止することは明かなわけで、やっとその状況に至ったというだけのお話でしょう。
 あんた見たんかい!? な批判があるのも多少は致し方無いとは思いますけどね。あの壊れっぷりだと、それを言われるのも仕方無い。

※ 米国:イラン制裁法成立へ 各国経済に打撃も

2012年3月28日水曜日

QandA (1)-古代エジプトに関するQ & A (1)


古代エジプトに関するQ & A (1)

質問1. ローマ人は牛肉を食べなかったそうですが、古代エジプト人は牛肉を食べたのですか? 食べなかったのですか? (福元)

ギーザのピラミッド近くで発見された労働者村からはたくさんの屠殺された牛の骨が見つかっていますから、労働者たちは牛肉を食べたと思われます。また祭礼時に神々に捧げられた牛肉も、あとで神官達や町の人々に配分されて、食べられましたね。(西村)

質問2. ナルメル王のパレットで首を切断された死体が並んでいますが、ギロチンのない当時は何で首を切断したのですか? (福元)

1996年にヒエラコンポリスの北にあるアダイーマで、ナカダ2期に年代付けられる埋葬から、喉を切られた後、頭を切り落とされた殉死者の例が二つ見つかっています。喉を切るのはフリント製のナイフででもできると思いますが、フリント製のナイフで頭も切り落とせるのかどうかわかりません。他方、ナカダ2期から銅製の斧やナイフの製造が盛んになりますので、銅製のナイフで喉を切った後、銅製の斧で頭を切り落としたのかもしれません。ナルメル王の後継者アハ王の銅製の斧はすでに二つ見つかっていますので、ナルメル王が銅製の斧で捕虜達の首を切り落とした可能性は十分にありますね。(西村)

質問3. 中東では邪視をはねかえすための眼の形をした護符をよく見かけますが、古代エジプトの眼にもそのような力がありますか? (泉)

邪視とは嫉妬や憎悪のまなざしによって災いがもたらされるという民間信仰のことですね。古代エジプトには二種類の眼があって、一つはホルスの眼、ウジャトです。これはセト神によって潰されたホルス神の左眼をトート神が魔力で復元したことから、病気治癒の力があるとされています。またこの眼はオシリス神の復活に必要不可欠であることから、ミイラの護符としてもよく使われます。もう一つはラーの眼で、ハトホル女神あるいはセクメト女神と同一視されています。これはラー神に背いた人類を滅ぼすためにラー神によって地上に送られた殺戮の女神で、彼女を人間の血に見立てたワイン(人類滅亡の神話ではレッド・オーカーを混ぜたビール)で宥めることによって彼女の破壊力は守護する力に変えられたとされてい ます。一般に図像でよく見かけるのはホルスの眼ですが、邪視を防ぐために使われたかどうかは不明です。(西村) 

質問4. 私達は羊と言えば角が側頭部で渦を巻いているものをすぐに思い浮かべますが、古代エジプトの羊は角が渦を巻いていませんね。品種が違うのでしょうか? (北村)

現代の家畜の羊は品種改良がくり返されて生まれたもので、古代から現代までどのような系統樹になっているのかは、私にはよくわかりません。古代エジプトの羊は水平にねじれながら伸びた角を持ちます。学名をOvis aries longipesといい、紀元前五千年頃から飼育されました。角以外の特徴は、垂れ耳で、毛が長く、毛の色は白・茶・白と黒のまだらなどです。中王国第12王朝になると、学名をOvis aries platyuraという別の種類の羊が輸入されました。通常「アメンの羊」と呼ばれます。この種類の羊はまず後方へ大きく彎曲し、それから前方へ伸びる角を持ち、羊毛を取ることができました。後者は現代のエジプトでも飼育されています。古代エジプトでの羊の利用法は、その乳を飲んだり、肉を食べたり、農作業で種を踏ませたりすることでした。(西村)

質問5. 故人の名前にはマア・ケルウ「声正しき者」という賛辞が付けられますが、どうして遺族に故人が死後オシリスの裁判で勝ったかどうかがわかるのですか? (福元)

それは亡くなってから遺族が埋葬の準備をするのではなく、故人が生前に代金を払ってお墓や棺、供養碑などを作らせるからですね。故人は、職人に注文を出す時に、決まり文句の供養文の他に書いてもらいたいことを言っておくのです。あまりたくさんの代金を払えない人は、名前の部分が空欄になっている既製品を購入し、自分の名前を入れてもらいます。古代エジプト人は経済的に余裕ができればすぐに死後の準備を始めましたが、死後の準備が整わないうちに死んでしまう人も多かったようですよ。(西村)

質問6. 供物として捧げられる鳥とは鶏ですか? (芝田)

ガン、カモ、ガチョウなどの水鳥ですね。鶏はプトレマイオス時代になるまで一般的な家禽ではありませんでした。トトメス3世の年代記には王が西アジアから持ち帰った珍しいものとして鶏の記述が見られますが、鶏がいつどのようにしてエジプトに輸入されたかについてはまだ議論されています。(西村)

質問7. 上・下エジプトの統一を象徴するセマ・タウィで表される植物はパピルスともう一つは何ですか? (藤永)

一般に「南のユリ」と呼ばれていますが、もちろんユリではありません。パピルスが下エジプトを象徴する植物であり、ロータス(睡蓮)が上エジプトを象徴する植物なので、ロータスかもしれません。しかし、すでに様式化されているので、どの植物かは不明です。(西村)

質問8. ホルスとセトの神話で、セトがホルスに対して性行為を行おうとする場面がありますが、古代エジプトでは神様の性別は一定ではなかったのですか? (加藤)

ホルスもセトも男神です。セトが性行為によってホルスより優位に立とうとしたのですね。セトは荒々しい力の権化であり、性欲もそのような力の一つと考えられているのです。(西村)

質問9. テレビの通販番組で、ザクロは古代エジプトで医療用として使われていたと言っていましたが、本当ですか? (加藤)

医学パピルスのエーベルス・パピルスによれば、ザクロは虫下しや胃薬として利用されていました。虫下しの治療法としてザクロの根を水に浸し、一晩置いたものを服用するとあります。ザクロの根にはタンニンが含まれているので、虫下しに効果があるのですね。また胃薬としては、ビールにつけておいたザクロの根をたたきつぶし、水瓶の中で一晩置いたものを布で漉し、飲用するとあります。古代エジプトでは牛肉や豚肉から寄生虫が人体に侵入することが多く、若死の原因になっていたようです。(西村)

質問10. あるテレビ番組で、古代エジプトの王妃は絹の衣装を着ていたと言っていたのですが、古代エジプトでは絹織物を作っていたのですか? それとも交易で入手したものを着ていたのですか? (加藤)

絹糸を吐き出すかいこが中国からヨーロッパに伝わったのは、ユスティニアヌス帝の時代、つまり6世紀のことなので、古代エジプトでは絹は作られませんでした。古代エジプトの亜麻布には基本的に4つのランクがあり、最高級のものはロイヤル・リネンと呼ばれていたそうです。私人墓の供物リストや神殿への寄進リストからはもっと多くの種類が知られていますが、テレビ番組ではおそらくこのロイヤル・リネンを絹と言っていたのだと思います。(西村)

質問11. ナイル川の恩恵を受け、人々が生活する土地は「黒い土地」(ケメト)、ナイル川の恩恵が届かなく、死者の領域と考えられていた土地は「赤い土地」(デシェレト)と言われますが、古代エジプト人は「黒」・「赤」に対してどのようなイメージを持っていたのでしょうか? (加藤)

黒はナイル河がもたらした肥沃な土の色であるだけではなく、冥界の色でもありました。したがって壁画で冥界の領域に属する者たちは黒く塗られます。オシリス神の肌の色が黒く塗られるのは、彼が豊穣の神であると同時に冥界の支配者でもあるからです。死者を冥界に導くアヌビス神も常に黒く塗られます。死後テーベ西岸の守護女神となったアフメス・ネフェルタリ王妃も肌の色を黒く塗られます。ツタンカーメン王の彫像の中には黒く塗られているものが何体かありますが、これは彼が来世で再生復活することを願って、オシリス神のように黒く塗られているのです。しかし、ときどきアメン神やミン神が黒く塗られるのは、彼らが豊饒の神だからです。豊饒と冥界が同じ色で表されるというのは、一見奇妙な感じを受� �ますが、あながち無関係とは言えないと思います。というのは、死者は冥界を通過して再生するのであり、豊饒は新しい生命を生みだすからです。だから古代エジプト人は黒に対して大変良いイメージを持っていたと言えます。

赤はセト神の色です。外国人はセト神の領域に住む人々なので、壁画に描かれた外国人はしばしば髪の毛を赤く塗られました。神に捧げられる動物も赤毛の牛が選ばれます。赤毛の牛の屠殺はセト神の殺害を意味しました。デンデラのハトホル神殿には赤毛のロバがセト神として屠殺される場面を表すレリーフがあります。赤はまた死・危険・血も表します。夕焼けは太陽神の敵たち(冥界で太陽神の航行を妨げようとする魔物たち)が流した血で空が染まるから起こると考えられました。ワインは神の敵たちの血として捧げられました。埋葬の際に赤い壷を割ることは、オシリス神の敵を殺すことを意味します。宗教テクストで書名や章の題名は赤インクで書かれますが、書名や題名に含まれる王名、神名、死者の名前だけは危険 防止のために黒く書かれます。反対に文中に現れる危険な魔物の名前は赤く書かれます。しかし、赤が守護力を意味する場合もあります。イシス女神の帯留めを象った紅玉髄製の護符は、ホルス神を身ごもったイシス女神をセト神から守ったので、ジェド柱とともに併用されて、死者の生命の安全を保証します。また赤色っぽい珪岩や花崗岩は太陽の再生力を表すと考えられました。その他激怒や炎も表します。赤はつねに悪い意味とは限らないのですね。(西村)

質問12. アビュドスのオーパーツはどのようにして生まれたのですか? (岡沢)

2012年3月27日火曜日

ドイツ軍装備大図鑑 -制服・兵器から日用品まで-:独破戦線:So-netブログ


ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

アグスティン・サイス著の「ドイツ軍装備大図鑑」を読破しました。

いやいや、なんですかね、この本・・。
偶然、ネットで見つけた去年の11月に原書房から出た大型本ですが、
318ページで定価はなんと、9450円!
先日も大きな本屋さんの軍事モノのコーナーに行って来たばかりですが、
こんなのは売っていなかったと思います。
しかし、値段が値段ですし、内容もイマイチ不明なことから図書館で調べてみると・・、
ありました。しかも「在架」・・。ニヤニヤしながら早速、図書館へ・・。
そして手に取ってみると、この大型本はオールカラーで当時の現物の写真集であるという
通常は洋書でしかありえない、スゴイ代物であることが判明しました。

原著は2008年、スペイン人のコレクターによるもので、「プロローグ」では、
「軍隊暮らしにおける所持品やその使い方を図版で生き生きと観察することで、
戦闘員の姿を身近に理解してもらうことにある」と執筆の目的を語ります。
ただ、出だしの「1930年までベルリン士官学校の校長を務めたクラウゼヴィッツ・・」には、
かなりビックリしましたが・・、でも以降は気になる誤字はありませんでした。

続く「序章」ではナチ党員の有名な丸い赤白のバッジのカラー写真と共に、
逆三角形の青ベースの「ナチ党婦人部のスカーフ用バッジ」が載っていました。
これは初めて見ましたが、「母親十字章」もそうですが、ドイツの伝統、またはナチ党に、
女性ものには「青」を使うというなんらかの理由があるんでしょうか??

本文は「鉄ヘルメット」からです。
第1次大戦までの、美しく様式化された「スパイク付きヘルメット」が1916年に近代的なものとなり、
1918年にはさらに進化(M1918)、それをベースにナチス・ドイツのM35ヘルメットが・・ということも
最初に紹介され、M40、M42と3つのモデルを写真で比較しながら、
戦局悪化とともに素材も工程も仕上げも、徐々に粗雑になっていく様子が、目で理解できます。
「がんこなハマーシュタイン」で ハマーシュタインがかぶっていたのが
「M1918」モデルだったんですねぇ。
この「鉄ヘルメット」だけで12ページ・・。これでもか・・という徹底ぶりで驚きました。

2012年3月25日日曜日

か - 国語辞書索引 - Goo辞書


1 五十音図カ行の第1音。軟口蓋の無声破裂子音[k]と母音[a]とから成る音節。[ka] 2 平仮名「か」は「加」...
か【化】
[名]影響を他に及ぼすこと。「恵を施し、道を正しくせば、その―遠く流れん事を知らざるなり」〈徒然・一七一〉 [接尾...
か【戈】
古代中国で使われた武器。ほこ。
か【火】
1 火曜日。 2 五行(ごぎょう)の第二位。方位では南、季節では夏、五星では火星、十干では丙(ひのえ)・丁(ひのと...
か【可】
1 良い悪いの二段階評価で合格を示す。「栄養―」 2 《「可能」の略》よいとして許すこと。「分売も―」 3 成績な...
か【価】
1 化学で、元素・基の原子価、イオンの電荷の価数や、アルコールに含まれる水酸基の数を表す。「二―の基」「多―アルコ...
か【佳】
[名・形動]よいこと。すぐれていること。美しいこと。また、そのさま。「味すこぶる―なり」「夕方の景色もまた―である」
か【果】
[名] 1 《(梵)phalaの訳》仏語。 ①原因から生じた結果。⇔因。 ②過去の行為から生じた結果。報い。⇔因。...
か【科】
1 物事を区分した、その一つ。学問・教育の場で系統別に分類したもの。「英文―の学生」 2 生物分類学上の基本階級の...
か【香】
1 かおり。におい。現代では、良いにおいをさすことが多い。「磯の―」「湯の―漂う温泉街」 2 美しい色つや。光沢。...
か【夏】
殷(いん)以前にあった中国最古の王朝。始祖は禹(う)。紀元前15世紀ごろの桀(けつ)王が暴政を行ったため、殷の湯(...

2012年3月23日金曜日

論理ピラミッドの構築と活用


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「第2章 問題解決の主役はロジカル・シンキングである」へ戻る

3 論理ピラミッドを構築して活用する
 3.1 論理ピラミッドによる論理構築とは
  3.1.1 論理ピラミッドの作成には2 つのアプローチ
   トップダウン・アプローチ
   ボトムアップ・アプローチ
  3.1.2 メッセージは論理的に正しく,簡潔で,具体的に
  3.1.3 論理的なつながりを言葉で確認する
   論理結合に対応する言葉
   シングル・チェーン・ロジックには注意しよう
   同一論拠を2 か所以上で使用するには
 3.2 論理ピラミッドを活用してみよう
  3.2.1 説得力のあるプレゼンテーション・シートを作成する
  3.2.2 価値ある議論を生産的に進める
  3.2.3 ロジカルな報告書・論文を書く
  3.2.4 短時間でエッセンスを伝える
  3.2.5 進むべき基本戦略方向を見極める
 3.3 本章のまとめ

「第4章 論理ツリーに展開して活用する」に進む

第3章 論理ピラミッドを構築して活用する


本章からは論理思考の応用に入ることになる.論理思考の応用分野は「第 2 章 問題解決の主役はロジカル・シンキングである」の中でも若干触れたが, 広くは問題解決を中心に課題設定,課題遂行,戦略立案,提案・プレゼンテー ション,交渉,議論,論文・レポート・文書作成等様々である.図 3.1 にそのイメージを描いて載せたので参考にしていただきたい.

「+創造思考」などと記載されているのは「論理思考」だけでなく他の能 力とともに協働することを意味している.また,図3.1 の応用分野はそれぞ れが必ずしも独立しているわけではなく互いに部分的に重複しているところ もあるということもお断りしておきたい.
これらすべてのビジネス実務における応用について,それぞれを詳細に説 明するだけのスペースを割くことはできないが,これから学ぶ論理思考の基 本的な活用方法をマスターすれば応用範囲の全体をカバーできるはずである.

論理思考の基本的な活用スタイルには大きく分けて「論理構築:論理ピラ ミッド,論理展開:ロジックツリー,因果関係解明:因果関係図」の3 種類 がある.3 種類の基本スタイルは,ちょうど「第2 章問題解決の主役はロジ カル・シンキングである」の「問題解決のプロセスを正しく理解しよう」の ところで登場した,原因のある問題の3 つのタイプにおける本質的原因発見 の方法に対応している.本章ではこれらの3 種類の基本的な活用スタイルの 中で,まず,「現象型の問題:論理ピラミッドを構築する」に対応する「論理 構築への応用」について学ぶ.実は「論理ピラミッドの構築」というのは現象 型の問題に限らず,設定型,創造型の問題を含め,すべての問題に対してその 本質を明らかにする場合などに適用することが可能であり,応用範囲が広い.

 ・現象型の問題をはじめ,すべての問題:論理ピラミッドを作成する(論理構築)
 ・発生型の問題:ロジックツリーを作成する(論理展開)
 ・構造型の問題:原因と結果の因果関係図を作成する(因果関係解明)

3.1 論理ピラミッドによる論理構築とは

既にすべての論理は演繹法推論と帰納法推論の組合せによって構成されて いるということを学んだ.人に,単なる個別の事実ではない,結論的な事柄 をわかりやすく伝えるにはこれから学ぶ論理構築,具体的には論理ピラミッ ドの作成が大いに役に立つ.私達は何らかの報告書などを書くときには,あ まり意識しないで,相応の論理を持ちながら書いているものだ.議論におけ る主張も,多くの場合ある程度は論理を内包している.そういった論理は完 全とまでは言えなくとも大抵帰納法と演繹法を組合せて構成されており,全 体として「論理ピラミッド」形の構造になっている.
わかりやすい論理はピラミッド構造となるという考え方を「ピラミッド・ プリンシプル」として広く紹介したのはバーバラ・ミント脚注3-1)である.

では,実際に例題を使い,ある文書を取り上げてその論理構成を考えてみ よう.

例題3-1 次の文章で主張している論理を構造化して示せ.
 人々が食べるための農産物資源,水産資源の確保にはエネルギーが欠かせない.農産物を 作るにも太陽光と水だけでなく,肥料を与え,田畑を耕すための機械を動かすエネルギー が要る.魚貝類や海老・蟹などの水産資源を養殖し,あるいは捕獲するにも設備や船を動 かすエネルギーを使う.
 生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.確保した食 糧資源の加工にもエネルギーを使う.私達の住まいを作るには,大抵,工場で機械を使っ て加工した材料を使う.衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製さ れている.
 また,人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.資源 や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.運搬は自動車,貨物列車といったエネル ギーを必要とする運輸手段に依存している.製品の運搬に大量のエネルギーを使う船舶, 飛行機も利用しなければならない場合もある.人々が住まいと職場の間を移動するにも子 供達を学校に運ぶためにもエネルギーを必要としている.私達は日常的にバスや電車,自 家用車,バイクなどを利用している.
 人々の健康な生活のためにもエネルギーが必要である.家庭での照明,熱利用,調理お よび冷蔵のためにもエネルギーが必要である.夜になれば電灯を使う.お風呂にも入る. ご飯を炊いたり,野菜を炒めたり,肉を焼くにもガスや電気を使う.寒ければ暖房にもエ ネルギーを使う.食料品の保存に電気冷蔵庫なども使っている.医療活動に際してもエネ ルギーを必要としている.救急医療では患者の移動や手術時の照明などにエネルギーは必 須である.診断医療機器には電気を使うものが多い.医療器具の消毒・殺菌・洗浄にもエ ネルギーを使う.
 このように私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.

殆ど接続語が使われていない文章であるが,内容からつながりを理解する ことが可能なので難しい文章ではない.要するに「人類にはエネルギーが必 要だ」というようなことを主張している文章だ.よく読むと,改行部分で5 つのブロックに分かれていて,上4 つのブロックはやや重なりがあるが,そ れぞれエネルギーが必要である理由を別の観点から述べており,最後の1 行 が結論になっていることがわかる.しかも,4 つの各ブロックは最初にまと めの文があり,その後に具体的な例を挙げて説明することによって構成され ている.
解答例 例題3-1 の文を原文のまま階層化すると次のようになる.
結論:私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.
 ・人々が食べるための農産物資源,水産資源の確保にはエネルギーが欠かせない.
  −農産物を作るにも太陽光と水だけでなく,肥料を与え,田畑を耕すための機械を動かすエネルギーが要る.
  −魚貝類や海老・蟹などの水産資源を養殖し,あるいは捕獲するにも設備や船を動かすエネルギーを使う.
 ・生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.
  −確保した食糧資源の加工にもエネルギーを使う.
  −私達の住まいを作るには,大抵,工場で機械を使って加工した材料を使う.
  −衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製 されている.
 ・また,人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.
  −資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.
   *運搬は自動車,貨物列車といったエネルギーを必要とする運輸手段に依存している.
   *製品の運搬に大量のエネルギーを使う船舶,飛行機も利用しなければならない場合もある.
  −人々が住まいと職場の間を移動するにも子供達を学校に運ぶためにもエネルギーを必要としている.
   *私達は日常的にバスや電車,自家用車,バイクなどを利用している.
 ・人々の健康な生活のためにもエネルギーが必要である.
  −家庭での照明,熱利用, 調理および冷蔵のためにもエネルギーが必要である.
   *夜になれば電灯を使う.
   *お風呂にも入る.
   *ご飯を炊いたり,野菜を炒めたり,肉を焼くにもガスや電気を使う.
   *寒ければ暖房にもエネルギーを使う.
   *食料品の保存に電気冷蔵庫なども使っている.
  −医療活動に際してもエネルギーを必要としている.
   *救急医療では患者の移動や手術時の照明などにエネルギーは必須である.
   *診断医療機器には電気を使うものが多い.
   *医療器具の消毒・殺菌・洗浄にもエネルギーを使う.

階層化されている各ブロックは帰納法推論の形式をとっており,各ブ ロックの最上位にある文はやはり帰納法推論の形式で結論を支えている. つまり,図で表記すると主張は図3.2 のような構成によって論理構築さ れているということになる.


いかがであろうか.これで具体的な根拠と論理的なつながりを持った相応 の説得力のある主張になっているのではないだろうか.論理構造を全体イメー ジとして捉えると1 つの頂点のあるピラミッドの形になっていることがわか る.例題の文には演繹法推論は使われていないが,どこかに演繹法推論が使 われていても全体として同じようにピラミッド形となる.
このような論理構成を称して「論理ピラミッド」と呼ぶが,ここで,つい でに「論理ピラミッド」について2,3 の用語を知っておこう.頂点にある箱 を第1 階層と呼び,その中身を「主命題(または,主メッ セージ)」と言う. 頂点につながった矢印の元にある箱を第2 階層と呼び,その中身を「サブ命 題(またはサブ・メッセージ)」と言う.以下,第3 階層第4 階層となる. 矢印の上側にある階層を上位階層,下側にある階層を下位階層と言う.従っ て,主メッセージのことを最上位層にある命題,つまり最上位命題とも呼ぶ. 上記の論理ピラミッドにおいては第4 階層が最も深い最下位層ということに なるので,第4階層にある命題を最下位命題とも呼ぶ.第3 階層が最下位層 になっている部分も見られるが,やはりその場合も第3階層にある命題が最 下位命題ということになる.

論理ピラミッドに関する次の大事なことを確認しておいてほしい.

論理ピラミッドにおける命題階層位置とその性格
論理ピラミッドにおいては上位命題ほど「抽象的・包括的」命題に,下 位命題ほど「具体的・個別的」命題となり,最下位命題は事実または誰 もが認める事柄になっている.

例えば,下記部分をご覧いただきたい.最上位命題から第4 階層の最下位 命題までの,ある1 つのルートをたどって命題を並べてある.最上位は「人 類が生きて行くため」と抽象度・包括度が高いが,第2 階層,第3 階層と下 位に行くに従って,具体的になって行き,最下位層では「自動車,貨物列車 による運搬」といった具体的・個別的な命題が置かれていることがわかるだ ろう.
私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.
 ・人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.
  −資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.
   *運搬は自動車,貨物列車といったエネルギーを必要とする運輸手段に依存している.

下記の部分はどうだろうか.この部分は3 階層しか存在しないが,やはり, 下位層に行くに従って抽象度が下がり,第3 階層の最下位命題には具体的・ 個別的な命題が置かれている.
私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.
 ・生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.
  −衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製されている.

どちらの最下位命題も事実または誰もが認める事柄と考えて良いだろう.一 方は第4 階層に最下位命題が置かれ,他方は第3 階層に置かれているが,同 じ抽象度の命題であっても,1 つのツリーが枝に分かれた先では異なる深さ の階層に置かれていても何ら差し支えはない.

多くのビジネス文書を始め,新聞・雑誌等の身近な記事,実験報告書,提 案書,技術検討報告書,出張報告書,製品企画書なども論理的と言える内容 の文書であれば,解析すると殆ど論理ピラミッド構造になっている.もちろ ん,長い文書によっては主張点が複数存在する場合もあるので,いくつもの ピラミッドがあるものも珍しくはない.しかし,中には複雑で,構造的に言 えば論理のつながりに相当する矢印が錯綜していて,難解な文書も沢山存在 する.背景の記述などを含め,特に論理を構成していない文が混じっている 文書もある.
適切な命題が使われ,シンプルで論理的つながりが明解な文書はわかりや すく,伝えたいことを正しく伝えることができる.議論における主張も全く 同様である.文や主張の論理を構築するには,以上のような具合にして論理 思考に基づいて「論理ピラミッド」をイメージしながら進めて行くのである. 論理ピラミッドは文章や主張の論理を構築するという場合に限らず,例え ばプレゼンテーション全体の論理構成を作る場合や1 枚のプレゼンテーショ ン・シートを作成する場合にも活用する.報告内容のエッセンスを必要な人 に短時間で要領よく伝える場合なども論理ピラミッドの活用が役に立つ.

ここで,もう1 度論理思考の定義を確認しておこう.論理思考とは事実や 誰もが認める事柄に基づいた根拠によって,結論に至る展開の筋道につなが りを持ち,目的に合った明確な結論を導出するための思考である.

3.1.1 論理ピラミッドの作成には2 つのアプローチ

論理ピラミッドによる論理構築,つまり論理ピラミッドの作成のためのア プローチの仕方には基本的にトップダウン・アプローチとボトムアップ・ア プローチがある.


トップダウン・アプローチは,当初から結論が明確で確たる根拠がある程 度存在する場合に進めやすい論理構築方法である.しかし,「始めに結論あり き」で論理構築したときにどうしても根拠不十分という場合がある.その際 には不足している根拠を再度捜し求めるか,あるいは使える根拠だけに基づ いた最上位命題となるように修正して完成させる必要がある.そうしないと 根拠のないことを主張していることになる.
一方,結論がどうなるのかわからないが,確かな関連情報がいくつも存在 しているという場合もある.そのような場合には,存在する情報の確かな根 拠に基づいてボトムアップで結論を構築することができる.しかし,ボトム アップ・アプローチにおいても「もう少し明確なことが言えないか」というと きがある.その際には不足の根拠を情報収集することによって,より確度の 高い結論を構築することができる場合がある.このように基本的なアプロー チの方法としては,トップダウン・アプローチとボトムアップ・アプローチ があるが,現実的には両方を使って上位・下位の命題間を往き来して完成さ せることが多いだろう.

なお,KJ 法脚注3-2)と呼ばれる問題解決の方法が知られているが,そのアプロー チの中心的な部分の基本的な考え方は本節の後半で紹介するボトムアップ・ アプローチと重なると思われる.

トップダウンアプローチ

確たる根拠があり,感覚的にも「これだ!」と思うことができる主張があ るなら,トップダウン・アプローチで論理ピラミッドを構築することを試み る価値がある.提言や提案に該当する「・・・すべきである」といった主命題 を掲げて何らかの主張を行う場合の多くは,トップダウン的な論理構築にな る可能性がある脚注3-3)
トップダウン・アプローチによる論理構築においては,通常,主命題の作 成,主命題を支える論拠(サブ命題)として演繹法を使うのか帰納法を使う のかという論理構成の決定,更にサブ命題を支える必要十分な根拠の配置と いう順序で進める.主命題の論拠として帰納法推論を採用する際に,必要十 分な論拠をそろえるということがなかなか難しいと思うが,後の「4.1 節  ロジックツリーによる論理展開とは」のところで,基本的な事柄を学ぶので, ここではアプローチのステップと方向について理解しておけば良い.

それでは,例題に取組んでみよう.