2012年3月23日金曜日

論理ピラミッドの構築と活用


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3 論理ピラミッドを構築して活用する
 3.1 論理ピラミッドによる論理構築とは
  3.1.1 論理ピラミッドの作成には2 つのアプローチ
   トップダウン・アプローチ
   ボトムアップ・アプローチ
  3.1.2 メッセージは論理的に正しく,簡潔で,具体的に
  3.1.3 論理的なつながりを言葉で確認する
   論理結合に対応する言葉
   シングル・チェーン・ロジックには注意しよう
   同一論拠を2 か所以上で使用するには
 3.2 論理ピラミッドを活用してみよう
  3.2.1 説得力のあるプレゼンテーション・シートを作成する
  3.2.2 価値ある議論を生産的に進める
  3.2.3 ロジカルな報告書・論文を書く
  3.2.4 短時間でエッセンスを伝える
  3.2.5 進むべき基本戦略方向を見極める
 3.3 本章のまとめ

「第4章 論理ツリーに展開して活用する」に進む

第3章 論理ピラミッドを構築して活用する


本章からは論理思考の応用に入ることになる.論理思考の応用分野は「第 2 章 問題解決の主役はロジカル・シンキングである」の中でも若干触れたが, 広くは問題解決を中心に課題設定,課題遂行,戦略立案,提案・プレゼンテー ション,交渉,議論,論文・レポート・文書作成等様々である.図 3.1 にそのイメージを描いて載せたので参考にしていただきたい.

「+創造思考」などと記載されているのは「論理思考」だけでなく他の能 力とともに協働することを意味している.また,図3.1 の応用分野はそれぞ れが必ずしも独立しているわけではなく互いに部分的に重複しているところ もあるということもお断りしておきたい.
これらすべてのビジネス実務における応用について,それぞれを詳細に説 明するだけのスペースを割くことはできないが,これから学ぶ論理思考の基 本的な活用方法をマスターすれば応用範囲の全体をカバーできるはずである.

論理思考の基本的な活用スタイルには大きく分けて「論理構築:論理ピラ ミッド,論理展開:ロジックツリー,因果関係解明:因果関係図」の3 種類 がある.3 種類の基本スタイルは,ちょうど「第2 章問題解決の主役はロジ カル・シンキングである」の「問題解決のプロセスを正しく理解しよう」の ところで登場した,原因のある問題の3 つのタイプにおける本質的原因発見 の方法に対応している.本章ではこれらの3 種類の基本的な活用スタイルの 中で,まず,「現象型の問題:論理ピラミッドを構築する」に対応する「論理 構築への応用」について学ぶ.実は「論理ピラミッドの構築」というのは現象 型の問題に限らず,設定型,創造型の問題を含め,すべての問題に対してその 本質を明らかにする場合などに適用することが可能であり,応用範囲が広い.

 ・現象型の問題をはじめ,すべての問題:論理ピラミッドを作成する(論理構築)
 ・発生型の問題:ロジックツリーを作成する(論理展開)
 ・構造型の問題:原因と結果の因果関係図を作成する(因果関係解明)

3.1 論理ピラミッドによる論理構築とは

既にすべての論理は演繹法推論と帰納法推論の組合せによって構成されて いるということを学んだ.人に,単なる個別の事実ではない,結論的な事柄 をわかりやすく伝えるにはこれから学ぶ論理構築,具体的には論理ピラミッ ドの作成が大いに役に立つ.私達は何らかの報告書などを書くときには,あ まり意識しないで,相応の論理を持ちながら書いているものだ.議論におけ る主張も,多くの場合ある程度は論理を内包している.そういった論理は完 全とまでは言えなくとも大抵帰納法と演繹法を組合せて構成されており,全 体として「論理ピラミッド」形の構造になっている.
わかりやすい論理はピラミッド構造となるという考え方を「ピラミッド・ プリンシプル」として広く紹介したのはバーバラ・ミント脚注3-1)である.

では,実際に例題を使い,ある文書を取り上げてその論理構成を考えてみ よう.

例題3-1 次の文章で主張している論理を構造化して示せ.
 人々が食べるための農産物資源,水産資源の確保にはエネルギーが欠かせない.農産物を 作るにも太陽光と水だけでなく,肥料を与え,田畑を耕すための機械を動かすエネルギー が要る.魚貝類や海老・蟹などの水産資源を養殖し,あるいは捕獲するにも設備や船を動 かすエネルギーを使う.
 生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.確保した食 糧資源の加工にもエネルギーを使う.私達の住まいを作るには,大抵,工場で機械を使っ て加工した材料を使う.衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製さ れている.
 また,人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.資源 や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.運搬は自動車,貨物列車といったエネル ギーを必要とする運輸手段に依存している.製品の運搬に大量のエネルギーを使う船舶, 飛行機も利用しなければならない場合もある.人々が住まいと職場の間を移動するにも子 供達を学校に運ぶためにもエネルギーを必要としている.私達は日常的にバスや電車,自 家用車,バイクなどを利用している.
 人々の健康な生活のためにもエネルギーが必要である.家庭での照明,熱利用,調理お よび冷蔵のためにもエネルギーが必要である.夜になれば電灯を使う.お風呂にも入る. ご飯を炊いたり,野菜を炒めたり,肉を焼くにもガスや電気を使う.寒ければ暖房にもエ ネルギーを使う.食料品の保存に電気冷蔵庫なども使っている.医療活動に際してもエネ ルギーを必要としている.救急医療では患者の移動や手術時の照明などにエネルギーは必 須である.診断医療機器には電気を使うものが多い.医療器具の消毒・殺菌・洗浄にもエ ネルギーを使う.
 このように私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.

殆ど接続語が使われていない文章であるが,内容からつながりを理解する ことが可能なので難しい文章ではない.要するに「人類にはエネルギーが必 要だ」というようなことを主張している文章だ.よく読むと,改行部分で5 つのブロックに分かれていて,上4 つのブロックはやや重なりがあるが,そ れぞれエネルギーが必要である理由を別の観点から述べており,最後の1 行 が結論になっていることがわかる.しかも,4 つの各ブロックは最初にまと めの文があり,その後に具体的な例を挙げて説明することによって構成され ている.
解答例 例題3-1 の文を原文のまま階層化すると次のようになる.
結論:私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.
 ・人々が食べるための農産物資源,水産資源の確保にはエネルギーが欠かせない.
  −農産物を作るにも太陽光と水だけでなく,肥料を与え,田畑を耕すための機械を動かすエネルギーが要る.
  −魚貝類や海老・蟹などの水産資源を養殖し,あるいは捕獲するにも設備や船を動かすエネルギーを使う.
 ・生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.
  −確保した食糧資源の加工にもエネルギーを使う.
  −私達の住まいを作るには,大抵,工場で機械を使って加工した材料を使う.
  −衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製 されている.
 ・また,人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.
  −資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.
   *運搬は自動車,貨物列車といったエネルギーを必要とする運輸手段に依存している.
   *製品の運搬に大量のエネルギーを使う船舶,飛行機も利用しなければならない場合もある.
  −人々が住まいと職場の間を移動するにも子供達を学校に運ぶためにもエネルギーを必要としている.
   *私達は日常的にバスや電車,自家用車,バイクなどを利用している.
 ・人々の健康な生活のためにもエネルギーが必要である.
  −家庭での照明,熱利用, 調理および冷蔵のためにもエネルギーが必要である.
   *夜になれば電灯を使う.
   *お風呂にも入る.
   *ご飯を炊いたり,野菜を炒めたり,肉を焼くにもガスや電気を使う.
   *寒ければ暖房にもエネルギーを使う.
   *食料品の保存に電気冷蔵庫なども使っている.
  −医療活動に際してもエネルギーを必要としている.
   *救急医療では患者の移動や手術時の照明などにエネルギーは必須である.
   *診断医療機器には電気を使うものが多い.
   *医療器具の消毒・殺菌・洗浄にもエネルギーを使う.

階層化されている各ブロックは帰納法推論の形式をとっており,各ブ ロックの最上位にある文はやはり帰納法推論の形式で結論を支えている. つまり,図で表記すると主張は図3.2 のような構成によって論理構築さ れているということになる.


いかがであろうか.これで具体的な根拠と論理的なつながりを持った相応 の説得力のある主張になっているのではないだろうか.論理構造を全体イメー ジとして捉えると1 つの頂点のあるピラミッドの形になっていることがわか る.例題の文には演繹法推論は使われていないが,どこかに演繹法推論が使 われていても全体として同じようにピラミッド形となる.
このような論理構成を称して「論理ピラミッド」と呼ぶが,ここで,つい でに「論理ピラミッド」について2,3 の用語を知っておこう.頂点にある箱 を第1 階層と呼び,その中身を「主命題(または,主メッ セージ)」と言う. 頂点につながった矢印の元にある箱を第2 階層と呼び,その中身を「サブ命 題(またはサブ・メッセージ)」と言う.以下,第3 階層第4 階層となる. 矢印の上側にある階層を上位階層,下側にある階層を下位階層と言う.従っ て,主メッセージのことを最上位層にある命題,つまり最上位命題とも呼ぶ. 上記の論理ピラミッドにおいては第4 階層が最も深い最下位層ということに なるので,第4階層にある命題を最下位命題とも呼ぶ.第3 階層が最下位層 になっている部分も見られるが,やはりその場合も第3階層にある命題が最 下位命題ということになる.

論理ピラミッドに関する次の大事なことを確認しておいてほしい.

論理ピラミッドにおける命題階層位置とその性格
論理ピラミッドにおいては上位命題ほど「抽象的・包括的」命題に,下 位命題ほど「具体的・個別的」命題となり,最下位命題は事実または誰 もが認める事柄になっている.

例えば,下記部分をご覧いただきたい.最上位命題から第4 階層の最下位 命題までの,ある1 つのルートをたどって命題を並べてある.最上位は「人 類が生きて行くため」と抽象度・包括度が高いが,第2 階層,第3 階層と下 位に行くに従って,具体的になって行き,最下位層では「自動車,貨物列車 による運搬」といった具体的・個別的な命題が置かれていることがわかるだ ろう.
私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.
 ・人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.
  −資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.
   *運搬は自動車,貨物列車といったエネルギーを必要とする運輸手段に依存している.

下記の部分はどうだろうか.この部分は3 階層しか存在しないが,やはり, 下位層に行くに従って抽象度が下がり,第3 階層の最下位命題には具体的・ 個別的な命題が置かれている.
私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.
 ・生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.
  −衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製されている.

どちらの最下位命題も事実または誰もが認める事柄と考えて良いだろう.一 方は第4 階層に最下位命題が置かれ,他方は第3 階層に置かれているが,同 じ抽象度の命題であっても,1 つのツリーが枝に分かれた先では異なる深さ の階層に置かれていても何ら差し支えはない.

多くのビジネス文書を始め,新聞・雑誌等の身近な記事,実験報告書,提 案書,技術検討報告書,出張報告書,製品企画書なども論理的と言える内容 の文書であれば,解析すると殆ど論理ピラミッド構造になっている.もちろ ん,長い文書によっては主張点が複数存在する場合もあるので,いくつもの ピラミッドがあるものも珍しくはない.しかし,中には複雑で,構造的に言 えば論理のつながりに相当する矢印が錯綜していて,難解な文書も沢山存在 する.背景の記述などを含め,特に論理を構成していない文が混じっている 文書もある.
適切な命題が使われ,シンプルで論理的つながりが明解な文書はわかりや すく,伝えたいことを正しく伝えることができる.議論における主張も全く 同様である.文や主張の論理を構築するには,以上のような具合にして論理 思考に基づいて「論理ピラミッド」をイメージしながら進めて行くのである. 論理ピラミッドは文章や主張の論理を構築するという場合に限らず,例え ばプレゼンテーション全体の論理構成を作る場合や1 枚のプレゼンテーショ ン・シートを作成する場合にも活用する.報告内容のエッセンスを必要な人 に短時間で要領よく伝える場合なども論理ピラミッドの活用が役に立つ.

ここで,もう1 度論理思考の定義を確認しておこう.論理思考とは事実や 誰もが認める事柄に基づいた根拠によって,結論に至る展開の筋道につなが りを持ち,目的に合った明確な結論を導出するための思考である.

3.1.1 論理ピラミッドの作成には2 つのアプローチ

論理ピラミッドによる論理構築,つまり論理ピラミッドの作成のためのア プローチの仕方には基本的にトップダウン・アプローチとボトムアップ・ア プローチがある.


トップダウン・アプローチは,当初から結論が明確で確たる根拠がある程 度存在する場合に進めやすい論理構築方法である.しかし,「始めに結論あり き」で論理構築したときにどうしても根拠不十分という場合がある.その際 には不足している根拠を再度捜し求めるか,あるいは使える根拠だけに基づ いた最上位命題となるように修正して完成させる必要がある.そうしないと 根拠のないことを主張していることになる.
一方,結論がどうなるのかわからないが,確かな関連情報がいくつも存在 しているという場合もある.そのような場合には,存在する情報の確かな根 拠に基づいてボトムアップで結論を構築することができる.しかし,ボトム アップ・アプローチにおいても「もう少し明確なことが言えないか」というと きがある.その際には不足の根拠を情報収集することによって,より確度の 高い結論を構築することができる場合がある.このように基本的なアプロー チの方法としては,トップダウン・アプローチとボトムアップ・アプローチ があるが,現実的には両方を使って上位・下位の命題間を往き来して完成さ せることが多いだろう.

なお,KJ 法脚注3-2)と呼ばれる問題解決の方法が知られているが,そのアプロー チの中心的な部分の基本的な考え方は本節の後半で紹介するボトムアップ・ アプローチと重なると思われる.

トップダウンアプローチ

確たる根拠があり,感覚的にも「これだ!」と思うことができる主張があ るなら,トップダウン・アプローチで論理ピラミッドを構築することを試み る価値がある.提言や提案に該当する「・・・すべきである」といった主命題 を掲げて何らかの主張を行う場合の多くは,トップダウン的な論理構築にな る可能性がある脚注3-3)
トップダウン・アプローチによる論理構築においては,通常,主命題の作 成,主命題を支える論拠(サブ命題)として演繹法を使うのか帰納法を使う のかという論理構成の決定,更にサブ命題を支える必要十分な根拠の配置と いう順序で進める.主命題の論拠として帰納法推論を採用する際に,必要十 分な論拠をそろえるということがなかなか難しいと思うが,後の「4.1 節  ロジックツリーによる論理展開とは」のところで,基本的な事柄を学ぶので, ここではアプローチのステップと方向について理解しておけば良い.

それでは,例題に取組んでみよう.


何年の発明者サミュエルコルトの特許彼のrevolerたのか?
例題3-2 下記の情報に基づいて,「これからの学校教育では子供達に知 識を詰め込むことではなく,思考力と対人力を磨くことが不可欠になる に違いない」という主張を構成する論理ピラミッドを構築しなさい.
 ・学校は異質な人と触れ合う機会も多く,長期間に亘る体系的な教育が可能な場である.
 ・学校と家庭以外には子供達への実質的な教育の場が殆ど存在しないというのも現実である.
 ・学校教育が子供達への教育に果たす役割は大きい.
 ・子供達への教育の役割は家庭にも当然ある.
 ・これから働き手が少なくなる人口の高齢化と福祉費用の増大にどう対処するかと いう問題がやがて現実のものとなる.
 ・近い将来,所得格差の著しい拡大の進行によって生ずる社会の歪みの問題が懸念 されている.
 ・国家が抱える膨大な借金の後始末をどうするかという解決困難な問題も先送りさ れたままである.

挙げられている情報は事実または誰もが認める事柄だとして,勝手に新た な事実情報を追加するわけには行かないので,存在する情報だけを利用して, 論理を構築してみよう.主張を強力なものにするために,できれば最上位の 論理構造は演繹法の論理を使いたいところだ.
例えば,基本構成としてこういうのはどうだろう.大きな社会問題が3 つ 挙げられている.これらの問題は大人達や現在までの政治の責任ではあるが, いずれ子供達が直面する問題でもあり,何らかの解決策を考え,多くの人の 力を結集して解決して行かなければならない.そこで,大きな3 つの問題を, 「今後,社会は大きな問題に直面することになる」とまとめた上で,「これか らの子供達の育成には問題解決のために適切な思考力と行動力を磨くことが 欠かせない」という前提を設定して論理構築してみることにしよう.
そのために「学校教育がそのような子供達に育てる役割を担っている」と いう大前提に立ち,「1.2 節 論理は演繹法と帰納法で構成される」において学 んだ,仮言三段論法の形式に合わせ,例えば上部論理を次のように構成すれ ば良いだろう.
<大前提> P ならばQ である(学校教育が担うべきはこれからの子供達の育 成である)
<小前提> Q ならばR である(これからの子供達の育成には問題解決のため に適切な思考力と対人力を磨くことが大事だ)
<結論>従って,P ならばR である(学校教育の役割として,子供達の思考 力と対人力を磨くことが不可欠である)

上記の演繹論理は「これからの子供達を教育すること」が媒名辞として使 われている.しかし,原文を可能な限り生かして使うと,<大前提>,<小 前提>の表現は多少変形されるので,ややわかりにくくなるかもしれない.
解答例:図3.4 のように論理構成する.
<結論>これからの学校教育では子供達に知識を詰め込むことではなく, 思考力と対人力を磨くことが不可欠になるに違いない.
 <小前提>大人達だけでなく,これからの子供達はそれらの問題解決の ために適切な思考力と対人力を必要とする.(追加)
  ・今後,人々はいずれ解決しなければならない大きな社会問題に直 面することになる.(追加)
   −これから働き手が少なくなる人口の高齢化と福祉費用の増大 にどう対処するかという問題がやがて現実のものとなる.
   −近い将来,所得格差の著しい拡大の進行によって生ずる社会 の歪みの問題が懸念されている.
   −国家が抱える膨大な借金の後始末をどうするかという解決困 難な問題も先送りされたままである.
 <大前提>学校教育が子供達への教育に果たす役割は大きい.
  ・学校は異質な人と触れ合う機会も多く,長期間に亘る体系的な教 育が可能な場である.
  ・学校と家庭以外には子供達への実質的な教育の場が殆ど存在しな いというのも現実である.
  ・子供達への教育の役割は当然家庭にもある.

上記の例のように全体の論理構造としてはピラミッドを形成しているが,表 現の微妙な変化により,通常のビジネス文書は演繹法論理であるのか,それ とも帰納法論理であるのか容易にはわからないことが多いものだ.そういっ た場合には,図3.4 の例題解答例のように,上位の演繹法論理の部分は矢印 の使い方を演繹推論形式ではなく,帰納法論理のように下位の箱から上位の 箱に向かう矢印でつないで表記しておけば良い.

ボトムアップ・アプローチ

今度はボトムアップ・アプローチによる論理構築にトライしてみよう.本 項ではボトムアップ・アプローチについて詳細に学ぶ.このアプローチは問 題解決アプローチにおける「現象型の問題」の本質的原因を明らかにするや り方でもある.事実情報をグルーピングして,論理ピラミッドを構築すると いうアプローチの方法は,現象型の問題に限らず,多くの事実情報の中から 解決すべき問題を明らかにして,中核となる問題を絞り込む場合にも有効で あり,実は応用範囲が大変広い. 「原因のない問題」である設定型,創造型の問題に対しても本項のボトムアッ プ・アプローチによって論理構築し,課題の本質を明らかにして解決策の方 向を見極めるという場合が多い.

では,次の例題で現象として見えているいくつかの問題を含む事実情報を 元にボトムアップ・アプローチによって,問題の本質的原因を抽出するとい うことを実施してみよう.少し長くなるが,じっくりフォローしていただき たい.

例題3-3 わが社で目下懸案となっている事業に関する,商品開発部門 の主要関係者によれば,下記のようなヒアリング結果であり,何とか手 を打たなければならない.一体,どのようなことが問題なのであろうか.
  1. 当部門では自社のある事業に関わる新製品開発機能を担当してい るが,殆どのメンバーは毎日遅くまで他社との競争上,販売部門 から要求されている新製品開発に追われている
  2. 当事業分野には現在大手企業数社を含む10 社ほどの競合企業が 参入しており,近年市場獲得競争が激化している
  3. わが社のこの事業分野への参入は早く,市場が本格的な規模で成 長するまでは市場シェアもトップグループであったが,昨年あた りから,商品ランキング上位に自社商品の登場する機会が激減し ている
  4. 当事業の関係者の多くはこのまま行くとここ1 年以内に確実に業 界のトップグループから転落し,負け組みに入ると見ている
  5. 競合企業は収益性の低下傾向に備え,数年ほど前から高価格帯商 品に力を入れている
  6. トップマネジメント層もメンバーもただ忙しくグルグル回ってい る間に事態がどんどん悪化している状況は,理想から程遠い状態 にあると認識はしている
  7. 殆どのメンバーは質的には真面目で優秀と言われているが,現在 のような状況をどのように打開したら良いかに関する具体策つい ては経験も知見もない
  8. 当部門の商品開発はその商品群の特性上,ターゲットとする商品 をそのときどきに活用可能な技術や部品をその都度,ベストなも のに纏め上げるというスタイルで進めている
  9. 7,8 年前に開けたこの事業分野の市場は一昨年あたりまでずっと 成長を続けてきた
  10. 当事業分野の商品ライフサイクルは長いものでもせいぜい1,2 年程度であり,数種類の商品群のすべてに対応しているためにメ ンバー達は半年程度の期間で次々に新製品を開発しなくてはなら ない
  11. 当事業の商品群には自社独自のキーパーツを搭載してコア競争力 を維持してきたが,最近では,顧客にとっての価値が認識できな くなってきており,市場では価格競争の世界に置かれているのが 現実である
  12. ほんの少し前まで事業規模が急激に拡大していた当事業部では, ロット数量の多い中・低価格帯商品に全力を投入していた

まずは,一連の12 個の命題に目を通して欲しい.そして,一体何が根本に ある本質的問題なのか,少し考えてみると良い.現状はあるべき状態とはほ ど遠く大きなギャップがあり,収集した情報からは問題があることはわかる が,本質的に問題となることは何であるのかすぐにはわからない.まさに現 象型の問題である.
さて,それでは問題解決プロセスを思い出して欲しい.情報収集の次に実 施することは「本質的問題の発見」であるが,「目的達成志向」で,つまりこ こでは「問題の本質的原因発見志向」で取組むことであった.まず,似たよ うな事実情報は1 つのグループにまとめて,全体としていくつかのグループ に分けてみよう.この作業をグルーピングというが,グルーピングの際にも 「本質的原因は一体何であろうか」と原因を発見しようという志向を持って, あまり関係の深くない事柄には重きを置かず,関係の大きそうな重要な事柄 の共通性に注目しながらグルーピングするのだ.読者の皆さんも実際にトラ イしていただきたい.
例えば,次のように大きくは3 つのグループに分けられそうである.
 A. 部門の開発と商品戦略の状態:  1 ,8 ,10,11,12
 B. 事業を取巻く状況:  2 ,5 ,9
 C. 市場におけるポジションの悪化状況とその対応:  3 ,4 ,6 ,7

解答例:グルーピング
A. 部門の開発と商品戦略の状態:
 A1. 部門の開発への取組みの現状
  1. 当部門では自社のある事業に関わる新製品開発機能を担当 しているが,殆どのメンバーは毎日遅くまで他社との競争 上,販売部門から要求されている新製品開発に追われている
  2. 当部門の商品開発はその商品群の特性上,ターゲットとす る商品をそのときどきに活用可能な技術や部品をその都度, ベストなものに纏め上げるというスタイルで進めている
  3. 当事業分野の商品ライフサイクルは長いものでもせいぜい 1,2 年程度であり,数種類の商品群のすべてに対応してい るためにメンバー達は半年程度の期間で次々に新製品を開 発しなくてはならない
 A2. 部門に関係する事業の商品戦略の現状
  1. 当事業の商品群には自社独自のキーパーツを搭載してコア 競争力を維持してきたが,最近では,顧客にとっての価値 が認識できなくなってきており,市場では価格競争の世界 に置かれているのが現実である
  2. ほんの少し前まで事業規模が急激に拡大していた同事業部 では,ロット数量の多い中・低価格帯商品に全力を投入していた
B. 事業を取巻く状況:
 B1. 事業を取り巻く外的状況
  1. 当事業分野には現在大手企業数社を含む10 社ほどの競合 企業が参入しており,近年市場獲得競争が激化している
  2. 競合企業は収益性の低下傾向に備え,数年ほど前から高価 格帯商品に力を入れている
  3. 7,8 年前に開けたこの事業分野の市場は一昨年あたりまで ずっと成長を続けてきた
C. 市場におけるポジションの悪化状況とその対応:
 C1. 事業の市場ポジションの悪化状況
  1. わが社のこの事業分野への参入は早く,市場が本格的な規 模で成長するまでは市場シェアもトップグループであった が,昨年あたりから,商品ランキング上位に自社商品の登 場する機会が激減している
  2. 当事業の関係者の多くはこのまま行くとここ1 年以内に確 実に業界のトップグループから転落し,負け組みに入ると見ている
 C2. 問題状況への対応の現状
  1. トップマネジメント層もメンバーもただ忙しくグルグル回っ ている間に事態がどんどん悪化している状況は,理想から 程遠い状態にあると認識はしている
  2. 殆どのメンバーは質的には真面目で優秀と言われているが, 現在のような状況をどのように打開したら良いかに関する 具体策については経験も知見もない
他のグルーピングの仕方も可能であろう.「問題を発見しよう」という志向 をもってグルーピングするということは,グルーピングした事柄どうしの中 で共通する問題がまとまって集められるということである.しかし,10 人の 人がそれぞれグルーピングしたとすると類似ではあっても,10 通りのグルー ピングの仕方が提案されるかもしれない.もちろん,どれが正しいかなどと いうことは言えない.それは同じメッセージに対しても,人によって解釈す る意味あるいは感じる事柄が異なるものであり,また,どのような事柄を重 要視するかに関しても異なる可能性があるので,仕方がないのだ.それでも 構わない.その理由は後で述べる.
次に,今度はそれぞれのグループ毎に,各命題に着目して,それらの命題 からどのようなことが導き出されるかについて考えるのである.この作業は いくつかの下位にある事実命題に基づいて上位の命題を作成するということ である.具体的な言い方をすれば,これらの事柄に共通して言える問題はど のようなことに帰着・帰属させられるか,あるいは深くかかわっているかと いう抽象化を実施するのである.帰納法推論の例を思い出していただきたい. このときにも「問題」に着目して問題があぶり出されるように「問題発見志 向」で上位メッセージを作成するのである.
例えば,A1 グループについて実施してみよう.
A1. 部門の開発への取組みの現状
  1. 当部門では自社のある事業に関わる新製品開発機能を担当してい るが,殆どのメンバーは毎日遅くまで他社との競争上,販売部門 から要求されている新製品開発に追われている
  2. 当部門の商品開発はその商品群の特性上,ターゲットとする商品 をそのときどきに活用可能な技術や部品をその都度,ベストなも のに纏め上げるというスタイルで進めている
  3. 当事業分野の商品ライフサイクルは長いものでもせいぜい1,2 年 程度であり,数種類の商品群のすべてに対応しているためにメンバー 達は半年程度の期間で次々に新製品を開発しなくてはならない
ここで 1 ,8 ,10 の命題をじっくりと読取り,共通してどのようなことが 言えるかを目的達成志向で考え上位概念化(抽象化)するのである.3 つの 命題は「当部門は販売部門から要求されている新製品開発に追われている」, 「当部門は個別商品ごとにその都度,最善となるようなスタイルで開発を進め ている」,「ライフサイクルの短い商品群のすべての商品開発に対応している」 ということだ.どうやら,「この部門では全体最適を考え長期的視点に立った, メリハリの利いた商品開発を主体的に実施しているとは言えない」状況であ ることがわかる.そこで,「これらの事柄は要するに
A1. 部門では主体性の乏しい,戦略なきその場しのぎの商品開発に追われ ている

ということではないか」と上位メッセージ化するのだ.このようなメッセー ジ化は元の命題を充分に把握し,正しく実施することが大事である.
他のグループについても同じように「問題発見志向」で実施していただき たい.かくして,グループ毎に上位メッセージを作成した結果の1 例を並べ てみる.
解答例(続き):中間A1〜C2 グループの命題化
 A1. 部門では主体性の乏しい,戦略なきその場しのぎの商品開発に追 われている
 A2. 市場・顧客など事業環境の変化を読取り,自社の進むべき方向を 見極めた商品開発が行われていない
 B1. 近年市場獲得競争の激化で,価格競争の時代に入ったことにより 高価格帯商品への取組みが注目されている
  9. 7,8 年前に開けたこの事業分野の市場は一昨年あたりまでずっと 成長を続けてきた
 C1. 市場における地位が低下し,事業の状況は急速に悪化している
 C2. 組織には状況認識能力はあるようだが,自身で状況を打開して行 く能力がない
これらのメッセージが,最下位の事実命題から「問題発見志向」的に導いた 上位命題である.ただし,9 に関しては,B1 のグループに含まれていたが, 内容的に最下位命題よりやや包括度が高いと見なし,そのまま他の上位命題 と同列に置いたものである.

これで上位メッセージは6 つになった.このメッセージの中には「問題の本 質的原因」がきっと含まれているはずである.勘の良い人や本質に目を向け る癖がついている人には,この辺で「問題の本質」が見えて来るだろう.表面 に現れている問題ではなく,本質的問題,つまり「本質的原因」が見えるの ではないだろうか.今度は,最初に大きく3 つのグループに分けてあったの で,それらのグループ毎に作成したばかりの上記メッセージに基づいて,更 に上位のメッセージを作成する.すなわち,A1 とA2,B1 と 9 ,C1 とC2 からそれぞれの上位命題A,B,C を導く.


誰が下のグランドrealrodを作成
解答例(続き):上位3 グループの命題化
 A. 部門では目先の商品開発に追われ,事業環境の中・長期的洞察に基 づく戦略的商品開発が行われていない
 B. 市場分野は成長が続いているものの,近年多くの参入企業による競 争激化が進み,事業的には高価格帯商品への取組みが重要になって きている
 C. 急速に悪化しつつある事業状況を認識しているにもかかわらず,組 織には事業を立ち直らせるための方策を考え,実現して行く能力が 不足している
これで,元の12 個あった一連の事実メッセージは3 つのメッセージに集約 された.いよいよ,最上位メッセージの作成である.問題の本質的原因を抽 出するように「本質的問題を発見する」意図を持って各命題を眺め,最上位 命題を作成する.3 つのサブメッセージの抽象化・統合化によって見えて来 ることは,次のようなことである.
解答例(続き):最上位命題と論理ピラミッド構成
わが社には,事業環境の変化に対応し持続可能な成長戦略・商品戦略を 描き,推進して行く能力が不足している

「部門の開発メンバーが毎日遅くまで新商品開発に追われている」といった問 題は,問題ではあるが,それは現象として表面に出ている事柄に過ぎず,本 質的原因として何とか解決しなければならない問題は他にあったということ がわかるであろう.かくして,仮説として抽出された「本質的原因」は,そ れを解消することによって,一連の問題が解決するということが確認できれ ば,本質的問題を発見したということになる.ここで注意していただきたい ことは,この段階では問題発見を超えて解決策にまで走ってしまわないこと である.多くの良くない問題事象に基づいて問題発見志向で作成された最上 位メッセージはあくまで「悪さ加減を言い表す問題表現」になっているとい うことだ.何故ならば根拠は「一連の良くない事実」なので論理的には「良 くない問題状況的表現」となるはずだからだ.しばしば,最上位命題がいつ の間にか「わが社は,事業環境の変化に合わせて高価格帯商品分野へ力を入 れる必要がある」といった「解決策表現」になってしまっている間違いが見 受けられるので注意したい.短絡的に「解決策表現」で命題化したのでは下 手をすると間違った解決策に走る可能性がないとは言えない.最上位命題と しては,論理的に「〜必要がある」という結論を導くことができないという ことである.

ボトムアップ・アプローチによって論理ピラミッドが構築されていること がおわかりいただけると思う.本項では「論理構築」により本質的原因を明 確化したという範囲で終えるが,本質的原因が明らかになれば,それを課題 化してその次のステップ課題解決策の立案に進むということになる.

ここで,ボトムアップ・アプローチにおける2,3 の重要な事柄に触れてお く.グルーピングの仕方に個人差が生じることがあるが,構わないと述べた. 論理ピラミッドの頂点にあるメッセージは,原理的にはすべての最下位メッ セージを包含しているわけである.なおかつ,重要なメッセージというのは, 個人差によってどのグループに置かれることになっても「重みがある」,あ るいは「元気が良くてトゲがある」ので,高い確度で上位に登場して来るこ とになるからである.ただ,類似の問題を含む命題が別々のグループに置か れてしまうと「問題が薄まってしまう」可能性があるため,「問題発見志向的」 に取組むことによって,できるだけ問題を抽出しやすくグルーピングすべき であることに変わりはない.なお,2 つ以上の命題で構成された原文が,そ れぞれ異なる重要な命題であるという場合にはそれらを分離してグルーピン グするとか,単なる推定命題や無関係な命題は除外するなど状況に応じた対 応も必要である.
下位命題に基づいて導くことが可能であれば,上位命題の導出論理は帰納 法でも演繹法でも構わないが,命題の作成に際しては論理的にも表記的にも 「目的達成志向」で正しく行うことに留意する必要がある.元の命題に基づい て「導くことができない」ことまで言ってしまうとオーバーなことを主張す ることにつながり,逆に矮小なことを導いたのでは事実を充分に反映してい ないメッセージになってしまう.事実からちょうどピッタリ導くことが可能 なメッセージを正しい表現で作成することが望ましいのである.

一般的には上位メッセージはイメージ的には下位命題の最大公約数から最 小公倍数の範囲で許容となり,時にはその範囲をも超えることになる.最小 公倍数側の拡大方向に行くに従って,仮説傾向,つまり存在しない情報を包 含する度合いが増加する傾向があるので,情報が不足する場合には新たな情 報収集を行うか,メッセージを見直すか考え直していただきたい.

事実情報に基づいて正しく論理ピラミッドを構築すると,説得性が高い主 張となる.例えば,先の例題3-3 で,「私」と「上長」との会話を想定すると,

  私) 私は「わが社には,事業環境の変化に対応し持続可能な成長戦略・商品戦略を描き,推 進して行く能力が不足している」と結論付けました.
上長) どうしてそんなことが言えるんだ?
  私) はい.わが社の実態は次のA,B,C という状況です.
  1. 部門では目先の商品開発に追われ,事業環境の中・長期的洞察に基づく戦略的商 品開発が行われていない
  2. 市場分野は成長が続いているものの,近年多くの参入企業による競争激化が進み, 事業的には高価格帯商品への取組みが重要になってきている
  3. 急速に悪化しつつある事業状況を認識しているにもかかわらず,組織には事業を 立ち直らせるための方策を考え,実現して行く能力が不足している
上長) 何故,「組織には事業を立ち直らせるための方策を考え,実現して行く能力が不足してい る」という結論になるのだ?
  私) 部門の主要関係者にヒアリングしたところ,6 ,7 が実態であることがわかりました.
  1. トップマネジメント層もメンバーもただ忙しくグルグル回っている間に事態がどんどん悪化している状況は,理想から程遠い状態にあると認識はしている
  2. 殆どのメンバーは質的には真面目で優秀と言われているが,現在のような状況をどのように打開したら良いかに関する具体策については経験も知見もない
上長) なるほどやはりそうか,耳が痛いがそれなら僕も同感だ.確かにそう思うが,ではどう したら良いのだろうか.
  私) この問題を解決するには,その本質原因の裏返しで,組織が適切な戦略を考えて実現す る能力を備えることだと思いますが,それにはいくつかの方法が考えられるそうです.・・・
といった会話が成り立つことがわかる.過剰でなく,矮小でもない主張は最 後の砦として必ず「事実」が裏付けてくれるということである.
また,ボトムアップ・アプローチにおいて,ときにはどうしても複数の論 理ピラミッドが構築されてしまうということが起こる.収集した事実情報が グルーピングされた段階でグループ間の相互関係が全く存在しない場合には, そのようなことになるはずである.元々の情報が複数分野に及び相互関係が 存在しなければ当然のことである.しかし,全く関係がないというのではな く,例えば,「何らかの結果として生じている問題」というグループと「それら の問題の原因となっている事柄」というグループに分かれることもある.そ のような場合にも,「問題の本質的原因を探る」目的であれば,目的達成志向 で「本質原因」側のメッセージを抽出すれば良い.
次節で活用例を紹介するが,事業戦略を検討する場合など「市場・顧客」, 「競合他社」,「自社」の3 種類の情報を収集するという具合に,予めグループ を決めて当初から積極的に異なるグループを意図して情報収集するというこ とを行う場合もある.
いずれにしても必然的に複数の論理ピラミッドが構築されるというのであ れば,それはそれで構わないと考えていただきたい.各ピラミッドの最上位 命題間の相互関係を考察することによって,新たなことに気づくこともある だろう.また,論理構築に不要なまたは無関係な命題もあるのだ.

3.1.2 メッセージは論理的に正しく,簡潔で,具体的に

論理ピラミッドの概要については理解できたと思う.読者の皆さんは特に 最上位に掲げることになる主メッセージは大変重要であることを認識できて いるに違いない.しかし,実際に論理構築を進めようとすると,多くの場合 自ら新たな命題を作成する必要がある.ここで,情報収集によって集めた事 実を命題化する,いくつかの事実命題を統合して新たな上位命題を作成する, あるいは文章を作成するなどの際に留意すべき適切なメッセージの条件につ いて改めて確認しておこう.

適切なメッセージの条件
適切なメッセージは論理的に正しく,簡潔で,具体的である
 ・論理的に正しい
  −上位・下位メッセージとの関係に整合している
  −事柄が正しく表現されている
 ・簡潔である
  −無駄な表現がない
  −メッセージ内容がシンプルに構成されている
 ・具体的である
  −中身が表現されている
  −一意的に(1 通りの意味として)理解できる

まず,第1 に論理的に正しい内容でなければならないということを例題で 確認してみよう.
例題3-4 次の3 つの文を1 つの命題に統合して記述せよ.
  • 企業はひたむきで粘り強く,超一流を目指す感性に富んだ社員に は,機会を与えることが大事だ
  • 魅力的なビジョンを社員とともに共有できている企業では,所属 する職場に誇りを持ち,自ら進んで技術や製品を一層価値あるも のにしようと努める社員が育つ
  • ゴールを目指し物事の合理を究めようとする情熱と勤勉さに加え て,人を思いやる心や和といった心情を持つ人が価値ある成果を 結実させている

この例題は,3 つの下位命題から1 つの上位命題を作成するという課題で ある.例えば,もし,
「粘り強く感性に富んだ社員に機会を与え,自ら進んで技術などの価値向上に 努めるように育て,価値ある成果を挙げさせるには企業ビジョンを共有する ことが大事だ」
という命題を作成したならば,いかがであろうか.良く読むとわかると思う が,残念ながら,内容が違っている.肝心の論理的に正しくという条件が満 たされていない内容では具合が悪い.
難しいかもしれないが,例えば,
解答例
「魅力的なビジョンを社員と共有できている企業が社員に機会を与えるなら, 感性に富み,有能・勤勉で心情豊かな人達が自発的に製品や技術価値を 高めようとする社員に育ち,成果を挙げるものだ」
といった命題であればOK レベルであろう.
メッセージの第2 の条件は簡潔でなければならないということである.
例題3-5 次の文は適切でない最上位命題の例である.簡潔に表現せよ.
近年,世界全体との貿易総額は輸出,輸入とも増加を続けている.これ はアジアとの貿易が伸びていることに起因する.とりわけ中国との貿易 の著しい伸長が大きく寄与している.中国を含むアジアとの貿易は輸出 入とも全体の50 %に迫っており,わが国との関わりが一層深くなって いる.

このような4 つの文をそのまま最上位命題として使うことはでき ない.これら4 つの文に基づいて最上位命題を作成するつもりでメッセージ 化してみよう.次のようなメッセージが作成できれば良いだろう.
解答例
「近年のわが国と世界各地域との貿易総額は,輸出・輸入とも増加傾向 にあり,地域別ではアジア,特に50 %近くを占める中国の比率が拡大し ている」
そして,第3 の条件としてメッセージの内容は具体的である必要がある.上 位メッセージほど抽象度が高く包括的になるのは仕方がないが,「中身が何だ かわからない」メッセージであってはならない.「中身が何だかわからない」 メッセージに目を通すのは,靴底の裏から足の裏を掻いているようなものな のだ.
例えば,最上位命題として
「新しい水素ガス生成方式は実用レベルでメタンの直接分解が可能である」
という命題であれば,中身がわかるが
「次世代燃料ガス生成システムはポテンシャルが高い」
では,中身が何だかわからない.
論理思考の世界では「要するにどういうことなのか」を正しく伝える最上 位メッセージに限らず,すべてのメッセージはわかりやすく適切な表現とな るように十分留意して作成していただきたいものである.

3.1.3 論理的なつながりを言葉で確認する

論理ピラミッドの構築については,ある程度の感触を掴むことができるよ うになったのではないだろうか.読者の皆さんは易しい,しかも短い文で良 いと思うが,実際に論理ピラミッドを構築してみていただきたい.実際に目 の前にある文を自分なりに論理ピラミッドとして構築してみると「簡単では ないぞ.どうしたら良いか迷ってしまうな.」というような感触を持つことに なるだろう.論理的結合は必ずしも因果関係のようにわかりやすいものばか りではないので,つながりがあるのかどうかを含め,つながりの強弱や上位, 下位の方向など迷うことが多い.しかし,十分に深く考えてみた段階では, 人によって解釈の幅もあるので,どうしても明確に識別し得ない側面が残る ものであり,必要以上にあまり細部に拘る必要はないのだとお考えいただき たい.
本項ではそのような場合に,個々の論理的結合(矢印)が適切であるかどう かを確認する簡単な方法および矢印のつなぎ方における注意点について学ぶ.

論理結合に対応する言葉

何らかの主張を含む文の論理構造を調べ,それを論理ピラミッドとして構 築する,あるいは論理ピラミッドから逆に主張のある文を作成するといった 場合を想定して欲しい.その際に論理結合に使う矢印(→)と言葉(接続語) の対応について理解しておくと,論理の正しさを確認する場合などにおいて 役に立つ脚注3-4). ここでは論理的な結合として使われる矢印(→)と置換え可能 な言葉の対応関係について理解しておこう.
論理学では,「下位命題が上位命題の根拠となっている」場合,つまり「前 提から結論を導く」際には,大抵,結論の前に「従って」,「ゆえに」といっ た接続語が登場するので,矢印(→)が持つ実質的な意味はこれらの言葉で あることがわかる.ボトムアップの際の矢印に対応する言葉としてはそれで 良いだろう.英語のニュアンスがわかる人は「So what?」という関係で結合 しても良い.
ボトムアップ文の構成の妥当性を確認するには,『「下位命題」,従って「上 位命題」』のつながりで接続された文が,論理的に整合しているかどうか調べ てみると良いということだ.

反対に,トップダウンの際には「何故なら」,「そのわけは」,「例えば」と いった言葉でつなげることができる.従って,トップダウン文の構成の妥当 性を確認するには,『「上位命題,何故なら「下位命題」』のつながりで接続 された文が,論理的に整合しているかどうか(スムーズにつながるかどうか) 調べてみると良いということだ.「Why so?」でニュアンスが掴める人はそれ でも良い. 例えば,トップダウン・アプローチのところで,次のような論理結合(矢 印としては,新たに追加した下位命題「今後,人々はいずれ解決しなければ ならない・・・」から,新たに作成した上位命題「大人達だけでなく,これから の子供達は・・・」に向けられて接続されている)を構築したが,
 ・大人達だけでなく,これからの子供達はそれらの問題解決のために適 切な思考力と対人力を必要とする.(追加)
  −今後,人々はいずれ解決しなければならない大きな社会問題に直 面することになる.(追加)
その妥当性は,『「大人達だけでなく,これからの子供達はそれらの問題解決 のために適切な思考力と対人力を必要とする.」何故なら,「今後,人々はいず れ解決しなければならない大きな社会問題に直面することになる.」』といっ た文を吟味してスムーズにつながることで確認することができる.
ところで,「接続語」(広く言えば,「接続表現」)には,上に挙げた「理由」, 「説明」といった範疇に属する数種以外にも,「順接」,「逆接」,「転換」などに 該当する5 分類50 種以上にも及ぶ多くの「接続語」がある.「接続語」には 文どうしの微妙なつながりを担う役割があり,そのような論理的結合を単純 な1 本の矢印などでは到底表現できるものではない.従って,関連はあるが 方向のある矢印では結合できない部分,やや強引に関連づけて結合しても意 味が保たれる部分,等号あるいは点線で結合しておけば良さそうな部分など いろいろあるという理解をしておいていただきたい.論理のつながりは可能 な限り正しく捉えるという努力の上に,現実を扱う論理思考の世界ではどう しても"about"な領域が残ることを認める柔軟性を持っている必要もあると いうことなのである.

シングル・チェーン・ロジックには注意しよう


ヘリコプターの発明者は誰ですか。

論理ピラミッドの構築に関連して,注意しなければならない事柄の1 つと して「シングル・チェーン・ロジック(1 本鎖論理)」の問題がある.ただし, この呼び名は筆者が付けたものであり,一般的に使われているものではない. 江戸時代のことわざで「風が吹けば桶屋が儲かる」というのを聞いたこと があるだろう.「桶」でなく元は「箱」だとか,いろいろな説があるが,この 命題の論理は大よそのところ下記のようなものである.決してあり得ない関 係とは言えないが,多少の因果関係にある事柄を無理やりつなげて無茶な結 論を導いている例として引き合いに出されることわざである.

 風が吹けば桶屋が儲かる
  1) 風が吹く
  2) ほこりが舞い上がり,目に入る
  3) 盲人が増え,三味線を弾く
  4) 猫皮が使われ,猫が減る
  5) ネズミが増える
  6) 桶がかじられ,桶屋が儲かる
まるで1 本の鎖のように論理結合されているので,シングル・チェーン・ロ ジックと名づけたが,とても成り立たない論理であることは言うまでもない. 各命題を結合する矢印がつながっている確率が10 %であったとしても「風が 吹いて桶屋が儲かる」確率は(10/100)5 = 0.00001 と全く無視できるほど小 さい.
厳格に描けば,仮言三段論法が何段にも使われた連鎖式(れんさしき)と呼ばれる図3.9 のようなつながりになっている.どの三段論法部分の大前提が成立する確率 もそれほど高いものではない. しかし,例えば,仮にいずれも事実とする「B はA より背が高い」,「C は B より背が高い」,「D はC より背が高い」・・・「Z はY より背が高い」といった 前提命題の連鎖式ならば,100 %の確度で「Z はA より背が高い」という結 論を導くことは可能である.ここで一般的に言えることは,1 つの根拠だけ を元に何らかの結論を導く場合には注意が必要だということである.上位命 題と下位命題の1 対1 の関係は論理的には「同等,同意,別の言い方では」, 「100 %の確率で」,あるいは少なくとも「典型的な事例としては」,「上位命 題の主たる根拠」といった接続関係になくてはならない.
例えば,1 本鎖であっても図3.10,図3.11 のような内容の命題どうしで, 1 段程度の論理結合であれば許容されるであろう.
しかし,チェーンが長くなると最上位命題と最下位命題の関係は,途中に 強いところがあっても次第につながりが弱くなって来る.従って,重要部分 では階層を減らすなどしてあまり長いチェーンを作らない方が良い.
例えば,「太陽光発電の研究を進めれば地球温暖化を防止できる」という論 理を,図3.12 のように構築しても,それぞれの命題の論理的結合が成り立つ 確率は必ずしも高くはないので,説得力に欠ける.
たとえ各段の成り立つ確率が50 %だとしても(50/100)4 = 0.0625 程度だ から,「旨く行けば地球温暖化の進行を緩やかにすることに貢献できる可能性 がある」と言える程度であろう.
図3.13 のように,別の根拠命題,例えば「エネルギー消費を大幅に減ら す」,「他の自然エネルギーの利用研究を進める」などを置いて複数の根拠を 直結する論理の方が"まとも"であることがわかる.
シングル・チェーン・ロジックの作成には気をつけよう.
同一論拠を2 か所以上で使用するには

ピラミッド論理の構築においては,全体としてピラミッド形のつながりに なるということであるが,言い換えると下位命題の箱から上位命題の箱に向 かう矢印は1 本であり,上位命題の箱には1 本以上の矢印が向けられている ということである.しかし,下位部分の論理構成を切出した図3.14 の例にあ るように,たまに,どうしても下位命題の箱から上位命題の箱に向かって複 数本の矢印を向けたい場合がある.そのときにはどう考えれば,あるいはど うすれば良いのだろうか.

まず,考えなくてはならないことは,同一の命題が複数の上位命題の論拠 になっているということが「おかしくないか」という点である.多くの場合, それらの上位命題には重なりがあるか,あるいは,根拠に使われている下位 命題が持つ異なった側面を論拠にしているということを意味しているのだ. 図3.14 の例は,ちょうど上位命題の方に重なりがある場合の論理構成である. 中間命題「A 事業分野の商品の売上状況は良好だ」と「わが社の3 つの新規商 品販売状況はどれも好調である」には重なりがある.論理が曖昧になる傾向 があるので,命題は重なりを避けるに越したことはないが,確かに,このよ うな論理を構成したい場合もある.その場合には,完全に切り離して図3.15 のように分離して独立した根拠として配置すべきである.
根拠に使われている下位命題が持つ異なった側面を論拠にしている場合も ある.例えば,図3.16 の主命題「太陽電池は次世代の優れたエネルギー源で ある」というピラミッド論理において,最下位層にある命題「発電がそのよ うな原理に基づいている」からは3 本の矢印が上位の命題に向けられている.
論理的結合関係に問題があるわけではないが,図3.16 の場合を良く考える と図3.17 のようにそれぞれの上位命題の根拠は下位命題の異なった側面に基 づいていることがわかる.
図3.18 の例も類似で下位命題「空気中には酸素が存在する」が共通の根拠 として使われている.
先の例と同様に,綿密な表現にすれば,例えば一方の下位命題は「空気中に はアルミ製材料の表面を酸化する酸素が存在する」ということであるが,図 3.19 のように同じ根拠をそれぞれに配置する程度で構わないだろう.
図3.18 の例も類似で下位命題「空気中には酸素が存在する」が共通の根拠 として使われている.
以上のように,可能な限り下位の命題からは複数の矢印が出て行かないよ うに論理ピラミッドを構築する習慣を持つようにしていただきたい.もし,同 一根拠を別の中間結論につなぐようなことが生じたならば,論理を深く考え るチャンスだと捉えて見直して欲しい.

3.2 論理ピラミッドを活用してみよう

論理ピラミッドを構築できるようになれば,論理思考の応用分野の半分近 くは視野に入れることが可能である.応用分野の1 つ,現象型の問題におけ る本質的原因の発見に関しては,前節のボトムアップ・アプローチのところ で詳細に説明した.本節では論理ピラミッドを用いるその他のいくつかの典 型的な応用分野について足を踏み入れることにしよう.
実際に論理ピラミッドを構築してみることがトレーニングになるので,軽 く流し読みせず例題には時間をかけて自分でも取組んでみていただきたい.

3.2.1 説得力のあるプレゼンテーション・シートを作成する

「プレゼンテーション」の全体については別の書籍で学んでいただくこと にして,本書ではプレゼンテーション・シートの1 ページ分を作成すること に絞って学んでおくことにしよう.
なお,プレゼンテーションにおいては話し手と聞き手という関係が存在す る脚注3-5)ので, 交渉や説得などと同様に,論理思考能力だけでなく「相手の立場 に立って共感が得られるような」対人能力との協働行為となることを認識し ておいていただきたい.ここでは対人力については触れないが,「目的達成志 向」で考えていただければ,少なくとも相手によって「伝える事柄の内容・詳 しさや水準の程度」などは異なるということはおわかりいただけるであろう.

わかりやすい論理的なプレゼンテーション・シートを作成する基本は,伝 えたい1 つのメッセージとそのメッセージを裏付けるシンプルな論理を明示 することである.その際の論理構成は,通常,論理ピラミッド(本章),ロ ジックツリー(第4 章),因果関係図(第5 章)のいずれかであり,その論 理を支える根拠として事実データを含むグラフや事実情報が使われる 脚注3-6)

プレゼンテーション・シートを作成するには
 ・1 枚のシートの上部に,聞き手に最も伝えたい明確なメッセージを1 つ置く
 ・残りのスペースにそのメッセージを論理的に説明する事柄を配置する
  −論理構成は可能な限りイメージ化してわかりやすく示す
  −論理には事実に基づく根拠を提示す

これで良いのだ.一度にいろいろなことを伝えたい気持ちはわからなくは ないが,1 シートに1 メッセージが原則である.プロの作ったシートの殆ど は原則どおりに作られている.
本小節ではプレゼンテーションの基本的なスタイルの1 つとしてシンプル な論理ピラミッドを構築し,具体的な実例でプレゼンテーション・シートを 作成しながら説明しよう.
下表は近年の国内小売業における主要販売窓口の販売額推移である.この データを使って,近年の電子商取引額が顕著な伸びを示していることを主張 するプレゼンテーション・シートを作成してみよう.
 
         表3.1: 国内小売業における主要販売窓口の販売額(単位:兆円)

  暦年   スーパー販売額  百貨店販売額 コンビニエンスストア販売額 消費者向け電子商取引額

  1998        12.6        10.7          6.0                0.0
  1999        12.8        10.3          6.4                0.2
  2000        12.6        10.0          6.7                0.4
  2001        12.7         9.6          6.8                0.8
  2002        12.7         9.4          7.0                1.5
  2003        12.7         9.1          7.1                2.9
  2004        12.6         8.9          7.3                3.9

・百貨店・スーパー・コンビニエンスストア販売額:経済産業省「商業販売統計」より
・消費者向け電子商取引額:経済産業省ほか「平成16 年度電子商取引に関する実態・市場規模調査」より

まず,データをグラフ化すると共に,適切な主メッセージを考え,その主 メッセージを論理的に導くことが可能な論理のつながりと事実データに基づ く根拠を見出すといった検討を行う.グラフを作成すると大よその傾向を掴 むことが可能だ.そこで,例えば,主メッセージとして,
 「一般消費者の電子商取引額は急速に増大している」
という命題を考えたとする.これで正しいが,残念ながら論理思考のメッセー ジとしては十分とは言えない.このメッセージでは「いつ」の話か,「どこ」の 話か不明である.この際ついでに頭に入れておいて欲しいが,新たに構築す る主メッセージにはひと通り5W1H(When,Where,Who,What,Why, How)を考えてみて,目的に合わせて必要な項目を盛り込むように心がける と良い.さて,先のメッセージに戻って,「急速に増大している」かもしれな いが,絶対額が小さければ,ことさらそのことを取り上げて主張する意味は あまりない.また,小売業全体におけるポジションなどもある程度は伝える 内容にしたい.実は適切な主メッセージを考えるのは,適切なグラフを描き 論理ピラミッドを想定しながらトップダウンとボトムアップによる整合を考 える必要があり,かなり高度な思考力を必要とするものだ.適切なメッセー ジに修正すると,例えば,
 「近年,一般消費者のインターネット経由販売は日本国内小売業の販売窓 口として,無視できない規模で急成長している」
といった感じにすれば良いだろう.メッセージは正しく伝えるためにある程 度の長さになってしまうのは止むを得ないが,数行もの長さになるとプレゼ ンテーションの聞き手の理解に支障を来たすので,長くても3 行くらいまで が限度であろう.
適切な主メッセージを作成できれば論理的に支えるピラミッドを作成する のはそれほど難しくはない.論理ピラミッドは手元資料のようなものであり, 口頭で伝える内容だから,階層が深いもの,複雑なものは避けたほうが良い. 例えば,図3.20 のようなせいぜい3 階層程度までのシンプルな論理ピラミッ ドが望ましい.
論理ピラミッドを良く確認していただきたい.最下位命題から最上位命題 まで論理的なつながりが存在し,最下位命題はデータが示す事実であり,論 拠となっている.これでロジカル・プレゼンテーション・シートを作成する ためのシナリオができたことになる.
次は,実際にプレゼンテーションに使うシートを完成させることになる.こ の段階までにはラフなグラフや図はある程度描かれているはずである.プレ ゼンテーションでは主メッセージの下にある中間命題や最下位命題は視覚的 にグラフや図で示し,命題内容は口頭で伝えるのだ.つまり,プレゼンテー ションを実施する際には,最初に主メッセージを伝え,次に一方のサブメッ セージに相当するグラフ部分を指差しながら,サブメッセージを伝え,続い てそのサブメッセージを裏付ける最下位の事実データを示すグラフを指差し ながら,最下位命題の内容を伝える.その後で,もう一方のサブメッセージ, それを裏付ける最下位命題という具合に説明を行う.このような論理ピラミッ ドの説明をイメージしながら,既に描いてあるラフなグラフを修正し,プレ ゼンテーション・シートを作成して行くことになる.
グラフの主題,縦軸・横軸の名称・単位,使うべきデータの範囲,データの 出所,凡例等不可欠な事柄を考え,適切に記載する.元データには7 年分の 数値があるが,この場合,5 年分くらいで十分だろう.一方,特に「命題」を 口頭で伝えても,グラフからは聞き手に読取ることができない数値が「命題」 の中に存在するような場合には,数値の記入などの配慮が必要である.かく して,図3.21 のようなプレゼンテーション・シートが出来上がる.
前出の論理ピラミッドを頭に描き,あるいは手元に置いて図3.21 のシート 上の各説明ポイントを指差しながら,声を出して実際にプレゼンテーション をトライしてみていただきたい.

では,次の例題に取り組んでいただきたい.

例題3-6 国内自動車メーカーA 社およびB 社の20XX 年度世界地域別 自動車販売台数は下表のとおりである.このデータに基づいてどのよう なことが言えるか.プレゼンテーション・シートを作成し,簡単な説明 論理を示せ.
A 社およびB 社の20XX 年度世界地域別自動車販売台数(単位:万台)

         日本    北米    欧州   アジア・他

  A 社     26      41      33      37
  B 社     22      17      34      63

注)北米市場にはカナダを含む.
数値は各社20XX 年度有価証券報告書による


データに基づいてどのようなことが言えるか,というより,現実の場面では 何らかの目的があって,その目的に適した1 つの主張を事実に基づいて示す ということになるが,僅かなデータだけでもいくつかのことが言えるであろ う.例えば,A 社とB 社による対等合併の可能性を提案しようと検討してい る場面では,「A 社とB 社はほぼ同程度の販売規模である」といった事柄は1 つの論拠になるので,例題3-6解答例1 のようなプレゼンテーション・シートを作成 すれば良いことになる.
同じくA 社およびB 社の合併可能性を検討している場面でも,両社による 地域別総販売台数はどうかといったことを示すには,解答例2 のようなプレ ゼンテーションの方が適していることもおわかりいただけると思う.
一方,A 社とB 社の販売市場戦略の違いについて言及しようという目的で あれば,解答例3 のような「A 社は北米市場への販売が多く,B 社はアジア・ 他市場への販売が多い」といったプレゼンテーション・シートの方が適して いる.
この場合,市場地域に関する特性に関して,元データに存在しないが 関係者の誰もが承知している事柄,例えば「北米,日本地域は先進国市場で ある」といった前提条件が使えるなら,更に一歩踏み込んで解答例4 のよう に「A 社は先進国市場への,B 社は新興国市場への販売ウェイトが高い」と いった応用も可能である.
以上のようにどのようなことを主張したいのかに合わせて,グラフの表記 を適応させるというのも「目的達成志向」の一環であるが,元データの扱い には百分率(%)に直して扱うなどまだまだバリエーションの余地があるこ とも併せて理解しておいていただきたい.

3.2.2 価値ある議論を生産的に進める

今日の大抵の組織では会議のために多くの時間を使っている.しかし,単 なる報告会,説明会といった連絡や伝達のための会議であったり,せいぜい 意見交換のための打合せであったりする.私達は何らかの価値ある結論を得 るために,生産的な議論を行うことによって貴重な時間を有効に使いたいも のである.
生産性の高い会議の場には,大抵の場合有能な先導役みたいな人がいる.一 般的にはファシリテータと呼ばれている役割を持った人に相当する.


 議論の場におけるファシリテータは
  ・出席者に発言を促す
  ・論点を明確にする
  ・流れを整理する
  ・合意を確認する
 などの行為により介入し,
  ・出席者の相互理解
  ・議論の活性化
  ・合意形成・意見統合
  ・価値創出
 などを促進するといった役割を担っている.
組織や集まりに参加するメンバーがファシリテーションという概念を理解 し,対人力があって気の利いた人がファシリテータ役を務めるなら会議の生 産性を高めることにつながる.
ファシリテーションの中核技術の1 つはロジカル・シンキング(論理思考) である.従って,ファシリテータは無論のこと,議論に参加する組織のメン バーは互いに論理思考を身につけていることが望まれる.本項では議論の中 の典型的な形態を取上げて,論理ピラミッドの応用例に触れてみたい.
例えば,「この組織は今後進むべき2 つの道のどちらを選択すべきか」といっ た議論は良くあるケースである.「どちらの技術を採用するか」,「どの方式で 行くのが良いか」,「どこの企業と協働すべきか」などいろいろなテーマが考 えられる.このように争点を明確にして議論を戦わすような場合を次の例題 で実施してみよう.
例題3-7 以下のテーマについて情報収集を行い,自動車メーカーの技 術者という立場で議論が可能なように2 つの主張を明確にして,それぞ れの論理を構築せよ.
ただし,「目下,次世代自動車に関して世界の各自動車メーカーによっ て開発競争が繰り広げられようとしている.いくつかの有望な動力源のうち, ハイブリッドタイプのものが当面の中核となるという考えを前 提として,ガソリンエンジンとディーゼルエンジンのいずれをハイブリッ ドエンジン車のベースエンジンとすべきかに絞った論争を想定する.」

少しばかり重たい課題だと思う.進め方はボトムアップ・アプローチと言って も良いだろう.関連する情報を収集し,「ガソリンエンジン派」関連と「ディー ゼルエンジン派」関連に分離して,それぞれを更にいくつかのグループに分 けてグループごとに上位命題を構築して行く.上位命題を作成したところで 根拠が不足であれば再度情報収集する,あるいは命題を修正するといった進 め方で最上位命題までを含む論理ピラミッドを構築する.第2 階層であるサ ブメッセージは表現に十分気を使って作成すべきである.多少時間がかかる が情報収集して(インターネット検索でほぼ可能),論理ピラミッドの構築 に半日くらいの時間をかけて検討すれば,何とかそれぞれの主張論理を構成 することが出来るのではないだろうか.
以下に1 例として載せておくが,階層化されているのでピラミッドのイメー ジは持てると思う.なお,データは国土交通省,日本自動車工業会,経済産 業省資料,いすず自動車・BOSH オートモーティブ社ホームページ,自動車 販売代理店ホームページ,その他による.
ここまで来ると,実際の議論ではサブメッセージの1 つずつに焦点を当て て順に議論を進めることが可能になるであろう.評価・選択の考え方を決め ておけば自ずと結論を導くことができる.
解答例
ガソリンエンジン派の主張と論理
今後のハイブリッド車の基幹エンジンとしては有害排ガスを発生しない, 安価で実績があるガソリンエンジンが適している
 A. ガソリンエンジン方式なら相対的に安価で購入し易く,静かで加速性も良い
  ・エンジンによる騒音・振動が少ない
   − 低圧力での燃焼なので,機械的なエンジン負荷が軽く,ディーゼルのようなカリカリ音が弱い
  ・本体価格が安い
   − 排気量1.5L クラスの自動車で末端小売価格が20 万円ほど安い
    >同じトヨタの同クラス車の価格比較でガソリン車は168,000円安い
     *ディーゼル貨物車(排気量1.362L):¥1,454,250に対して,同クラスのガソリン貨物車(排気量1.496L):¥1,286,250
   − 燃焼圧力を高くしないので,エンジンを頑強に作らないで済む,従って軽量で構成材料も少なくて済む
    >同じトヨタの同クラス車の重量比較でガソリン車は30kgほど軽い
     *ディーゼル貨物車(排気量1.362L):1,080kg に対して,同クラスのガソリン貨物車(排気量1.496L):1,050kg
   − バッテリー容量が小さくて済む
    >ガソリンエンジンはプラグでの着火方式である
    >一方,ディーゼルは始動時にバッテリーでピストンを動かし圧縮空気を作って高温化着火しなければならない
  ・加速性が良いので運転しやすい
   − プラグ点火なので燃焼レスポンスに優れている
 B. ガソリンエンジンは人体に有害な排出物が少なく環境適性が良い
  ・排気ガス中のNOx が少ない
   − 喘息や酸性雨の原因ともなるNOx はガソリン車が0.05g/kmに対しディーゼル車が0.14g/km
     (2005 年の新長期規制をクリアーするディーゼル乗用車とガソリン乗用車の比較)
   − 排気ガス中の酸素が少ないのでNOx・HC・CO を同時に浄化する三元触媒が使える
  ・排気ガス中にPM(粒子状物質)が殆ど存在しない
   − ディーゼル車からのPM放出は人体への悪影響が懸念される.
    >2002 年以前のものと比べると全量としては1/5 以下にまで減少しているものの,超微粒子の数はむしろ増加している
   − ガソリン車からは人体に有害なPM は殆ど排出されない
 C. ガソリンエンジンはハイブリッド化実績が豊富である
  ・世界初の実用車発売は1997 年12 月であり,長年の実績がある
  ・2009/9 時点で世界で累計200 万台以上のガソリンエンジン・ハイブリッド車(トヨタ・プリウス)が販売されている

ディーゼルエンジン派の主張と論理:
今後のハイブリッド車の基幹エンジンとしてはCO2 排出が少なく,トータルライフコストの安いディーゼルエンジンが適している
 A. ディーゼルエンジン車はトータルライフコストで見れば安価で,低速走行時の安定性に優れ,事故時の火災安全性にも優れる
  ・トータルライフコストが安い
   − ランニングコストが安い(燃費が良い)
    > 熱効率(燃焼時に発生する熱量に対し,動力に換算された熱量の比率) が1.4 倍と高い
     * ガソリンエンジンの最高値32 %に比べ最高値で46%である
     * 10・15 モード燃費(燃料1Lあたり)でガソリン車に20%程度勝る
      =ディーゼル車(排気量2.982L):10.8(km/L) に対して,同クラスのガソリン車(排気量2.693L):8.8(km/L)
    > 税負担が少ない(日本国内であれば)
     * 1000L/年の燃料消費で乗用車11 年使用時の燃料代に含まれる税金比較で少ない
      =ガソリン車:66 万円,ディーゼル車:40 万円,これに燃料効率の差が加味される
   − 走行寿命が長いので本体価格は割安となる
    > 高負荷な使用や高圧縮での燃焼にも耐える頑強な構造である
     *ガソリン車の限界である30 万km 以上走行可能である
    > 自然発火なのでプラグを必要としない
  ・自動車火災に対して安全性が高い
   − 燃料が軽油であるために,事故などの際,ガソリン車に多い火災が少ない
  ・低速時にも走行性が良く安定している
   − 低速時もトルクが大きく,出力も大きいので走行が安定している
   − ガソリン車に発生しがちな不要燃焼であるノッキングを起こさない
    > 圧縮は空気だけであり,燃焼室全体で1 度に着火する
 B. ディーゼルエンジンはCO2 発生量が少なく,地球にとっての環境適性が良い
  ・同じ距離を走行するのに地球温暖化ガスであるCO2 発生量が少ない
   − ディーゼル車(排気量2.982L):234.0g/km に対して, 同クラスのガソリン車(排気量2.693L):263.8g/km
  ・排気ガス中のCO・HC が少ない(2005 年の新長期規制をクリアーするディー ゼル乗用車とガソリン乗用車の比較)
   − 燃料が十分な空気で燃焼させられる
   − CO 排出はガソリン車の1.15g/km に対しディーゼル車が0.63g/km
   − HC はガソリン車の0.024g/km に対して,0.05g/km と少ない
  ・ ディーゼルエンジンは新規ハイブリッドエンジンとしての組合せに環境的に適している
   − 電導モータとの組合せにより始動時の排気ガス問題をクリアーできる
    > 不利な点である始動時の加速性・排気ガス条件を電動モータ 使用でクリアーでき,相補的となる
 C. ディーゼルエンジンは大型までカバー可能な汎用性があり,将来性がある
  ・自家用車から産業輸送の中核となる大容量エンジンを搭載した大型トラックまで, 幅広くカバーできる
   − 「圧縮自然着火」方式のディーゼルエンジンは,大容量エンジンにおいても使える
  ・次世代の均一燃焼型HCCI(Homogeneous Charge Compression Ignition)エンジン採用への移行が容易である


どうやら,「PM(粒子状物質)とNOx の問題をクリアーできるなら」とい う条件付きでディーゼル・ハイブリッドエンジン車に軍配が上げられそうで あるが,読者の皆さんはいかがであろうか.ロジカルな議論はこのように論 理ピラミッドを描いて進めると良い.次世代自動車というテーマなのに,何故, EV(電気自動車)との比較論争を設定しないのかという向きもあると思うが, 乗用車からトラックなど大型自動車の長距離運送までを視野に入れてオーソ ドックスな比較議論を実施してみたわけである.今後10 年くらいのスパンを考えると, ハイブリッド自動車とプラグイン・ハイブリッド(発電用に内燃機関を持つ) 電気自動車および内燃機関を持たない電気自動車との比較議論などは格好の テーマであるので,是非,この演習問題例に沿って論理ピラミッドを構築し てみていただきたい.

3.2.3 ロジカルな報告書・論文を書く

論文というとやや大げさであるが,私達は技術報告書,提案書や出張報告 書など〜報告書といった名のつくドキュメントを日常的に作成している.メモ 程度の報告書もあれば時間をかけて作成された長い論文や報告書もある.ど のようなドキュメントであっても作成した本人がわかっているだけで済むの であれば,形式や内容は自分流でも良いが,ドキュメントが伝えようとする 事柄を他の人が正しく受取ることができるように作成するには最低限のこと を守る必要がある.「論文の書き方」,「報告書の書き方」などに関してはそれ を目的として作られた立派な参考書もあるので,それらを参照いただくこと にして,本項では,A4 用紙1 ページ程度の簡単なレポート程度を想定して, 報告書や提案書の作成について補足的に説明しておこう.

報告書や提案書の構成の骨格はやはり「論理ピラミッド」であり,基本は演 繹法論理と帰納法論理を組合せて作成することである.従って,明確にした2 つ以上のサブメッセージを作成し,サブメッセージに基づいて導かれる結論 を,わかりやすい適切な表現で主メッセージとすることになる.通常は,存 在する情報に基づいてどのようにグルーピングすべきかが考えられ,グルー プごとにサブメッセージが作成されるので,サブメッセージというのは状況 に応じた内容となる.
しかし,特定目的の報告書や提案書作成においては,サブメッセージ・コ ンセプトを当初から決めておいて論理構築することができる場合がある.そ れらの場合を含めて以下にいくつかの文書タイプを紹介しよう.これらの文 書タイプに関する論理構築の考え方は論文・報告書に限らず論理ピラミッド を使うプレゼンテーションのタイプに関する論理構築においても応用するこ とが可能である.

 1. 説明型:説明,事実のまとめを述べる一般的なタイプ
  →演繹法と帰納法を使って容易に構成できる
  ・「K 社の成功のポイントは〜という3 つの施策によるものである.」
  ・「X 商品群はいずれも全国的に売上げ不調の状況にある.」
 2. 評価型:事柄に対する自分の評価を述べるタイプ
  →評価基準の定義と評価基準を満たしているか否かを示すサブメッセージ・  コンセプトを設定する
  ・「新規に開発した技術は従来からある他のどの方法よりも優れている.」
  ・「B 製品が設置される環境下では電気信号方式による代替技術は使えない.」
 3. 主張型:説得する,人を動かす主張を述べるタイプ
  → WhyとHowを示すサブメッセージ・コンセプトを設定する
  (Why:何故そのように主張できるのか,How:どのようにしたら主張を実現できるのか)
  ・「安いというより,使い勝手の良い商品を優先して開発することが大 事だ.」
  ・「プロジェクトメンバーを必要最小限の人数に絞ることが最良の解決 策である.」
 3'. 提言型:提案・提言・アドバイスなどを述べるタイプ(3.主張型の1 つ)
  → Why を主張の「必然性」,「効用」に分け,それにHow の「実現性」を 加え,3 つのサブメッセージ・コンセプトを設定する
  ・「当社もIT 投資と情報システムの全体最適化を推進すべきだ.」
  ・「今後10 年間程度はD 方式の技術開発・商品化に優先的に投資すべ きである.」
説明型以外の文書タイプでは,予めサブメッセージとしてどのような事柄 を記述すれば良いかがわかっているので,トップダウン・アプローチで進め ることが可能であり,関連する情報を収集する上でも,あるいは根拠として どのような事柄を考えるべきであるかに関しても進めやすい.

それでは,例えば,技術や製品の評価において利用することが多い,「2. 評 価型」の簡単なメモを例題を使って作成してみよう.

例題3-8 目下,2006〜2007 年に京都大学の山中伸弥教授らのグループ によって樹立されたiPS 細胞a)は細胞生物学関係者のみならず,世界中 の人々から注目を浴びている.これに関連して情報収集し,「iPS 細胞の 樹立は人類史上画期的な出来事である」という簡単な文書を作成せよ.
 a)induced pluripotent stem cells:人工多能性幹細胞

「人類史上画期的な出来事である」というのはそのように「評価」すると いう評価型の文書タイプと考えることが可能である.インターネットを使っ て少し情報収集すれば,「受精卵を使わずに分化万能性のある細胞が生成でき る」という点に価値の本質があることがわかる.
解答例:基本骨格
用意するサブメッセージ・コンセプトは例えば,「受精卵を用いない分化 万能性細胞を樹立できたことは画期的な出来事であると言える」という 評価基準と「受精卵を用いない分化万能性細胞が樹立された」という事 実で良いことになる.評価基準の方は「どのようなことが画期的と言え る根拠となるのか」を必要とするであろう.従って,文書の骨格は1 例 として図3.26 のような構造となる.
上位の論理構造はちょうど演繹論理を構成しており,文書は簡単に書くと 次のようになっている.「受精卵を用いない,分化万能性を持つiPS 細胞が樹 立された.受精卵を用いない分化万能性細胞が樹立できたなら,画期的な出 来事(かつてない目覚ましい成果)であると言えよう.何故なら,A ,B ,C である.従ってiPS 細胞の樹立は人類史上画期的な出来事である.」中身を入 れて肉付けすると下記のようになる.稚拙な印象を避けるために同じ表現を 繰り返えさないように表現を変えている点や結論を最初に持ってくるビジネ ス文書風のスタイルにしている点などにも注意していただきたい.
解答例:論理構成
「京都大学の山中伸弥教授らのグループによるiPS 細胞の樹立は,再 生医療への応用を現実のものとする人類史上画期的な出来事である.同 グループは2006 年にマウスで,2007 年にはヒトで受精卵を用いない分 化万能性を持つiPS 細胞を樹立した.iPS 細胞の樹立は,現在,世界中 の多くの人々から注目されている.受精卵を用いない分化万能性(つま り体を構成するあらゆる種類の細胞を作り出す能力を持った)細胞が樹 立できたということは,再生医療への応用を現実のものとする,かつて ない目覚ましい成果であると言えよう.
その根拠として,3 つの点が挙げられる.第1 に分化万能性細胞を容易 に利用することができるようになれば,再生医療分野における研究と応 用だけでなく,例えば新薬の開発の際に欠かせないヒト細胞の供給,基 礎医学分野における発生生物学の研究にも大いに役立つ.第2 に受精卵 を用いない分化万能性細胞では倫理上の様々な問題を回避することがで きる.第3 に受精卵を用いない,患者自身の細胞を使用した分化万能性 細胞では拒絶反応が起きない.」
因みに,山中教授によれば,「体細胞もES 細胞 脚注3-7)も遺伝子の設計レベルでは同 じである.従ってES 細胞で働く適切な転写因子を働かせれば体細胞でもES 類似細胞に転換できるはずである」と考えて,iPS 細胞の樹立に確信を持っ て臨んだとのことである.まさに,第1 章の演繹法推論のところで脚注に記 した「真であるはずの結論」を実現する発見過程に該当するのであろう.

今度は,既存の「提言型」論文を読み解いて提言している事柄を論理ピラ ミッドで表現してみよう.


例題3-9 次の文の論理を読み解き,必要なら追記し,適切な主メッセー ジを付与して論理ピラミッドを作成せよ.
 わが国には国を挙げて取組むべき課題がいくつもある.特に地方過疎 化の進行と人口流出の問題には何としても歯止めをかけなければならな い.関連するが,山間部にある杉林などの人工林問題も放置できない課 題だ.下流域の住宅地を水害から守るためにも森林の健全な再生産は不 可欠である.そして地球温暖化対策.脱化石燃料への取組みは現在を生 きる人間にとっての義務だといっても過言ではない.
 そういう我が国でもし杉の木から燃料油,バイオエタノールが大量に 採れるようになったらどうなるか.植物は育つ際に大気中のCO2 を吸収 する.だから杉の木から作る油は大気中のCO2 で作ったのと同じ.燃や して発生するCO2 は再び原料となる木々が吸収する.地球温暖化対策 にとっての決定打となる.しかも山から杉の木を大量に切り出し,その あとに植林をしていくことになれば山村において林業はよみがえり,近 くにエタノール工場なども建設されれば地方活性化の大きな一助となる だろう.放置林問題も解決する.
 海外で先行するバイオエタノールは主としてサトウキビやトウモロコ シを原料としているが,木材を原料とする製造法も研究されている.特 殊な酵母や微生物の開発によりセルロースに含まれる糖分でエタノール 製造が可能になるのだという.
 我が国にあっては国の補助金で廃木材を原料とする取組みが進められ ている.もちろん廃木材リサイクルも結構だが,この「木材を原料とす るバイオエタノール製造」についてはより大きな視野での取組みを望み たい.技術的にも異物の混じらない新木材を原料とする方が楽だろう. 我が国の恵まれた自然環境で育まれる森林資源,この活用による脱石油 の可能性を文字通り国家百年の計で追求して欲しい.我が国民の「もの づくり」DNA が力を発揮するテーマでもある.(啄木鳥)
<「朝日新聞」経済気象台" 国家百年の計で"(2007 年4 月26 日付)より引用>

この論文はやや控えめな「提言型」主張論文で,全文はほぼ起承転結型のス タイルで構成されている.論理的でわかりやすい論文である.論理ピラミッド 化のアプローチとしては,一旦全体の構成を大局的に掴んでおくと良い.よ く読むと「結論」は最後のパラグラフに登場していることに容易に気がつく だろう.あくまでも筆者の見解であるが,この論文のおおよその構成は次の ようになっていると理解できる.
全体が4 つのパラグラフに分かれており,それぞれのパラグラフは相互に 関連があるものの大きくは順に「起」,「承」,「転」,「結」の構成になってい る.このような場合には,まずパラグラフ毎に「要はどういうことか」とい う要点のまとめを行い,パラグラフ毎に分離して構造化するという取組みを してみることを勧めたい.
では,それらの各パラグラフを要約してみることにしよう.
解答例:基本骨格
     まず,第1 パラグラフでは

   起: わが国には国を挙げて取組むべき,地方過疎化の進行・人口流出, 山間部の人工林,地球温暖化といった課題がある.


    わが国には国を挙げて取組む課題があるという「問題提起」を受けて, 次の第2 パラグラフで,木材からバイオエタノールを大量に採ることに よって,それらの問題が解決するという「筋道」が示されている.この 提案を実現すれば問題が解決するという説明と捉えることも可能である.
   承: 我が国でもし杉の木から燃料油,バイオエタノールが大量に採れ るようになったら,懸案の課題は解決することになる.
    次に,第3 パラグラフで,その課題解決のための筋道は決して空論では なく「実現可能なもの」だということに触れている.
   転: 木材を原料としてバイオエタノール製造が可能になる.
    そして,最後の第4 パラグラフで,結論的に「だから,国家的課題に大 きな視野で国を挙げて取組んで欲しい」と訴えている.
   結: 森林資源の活用による脱石油の可能性を文字通り国家百年の計で 追求して欲しい.
論文の「起承転結」について把握できたら,更に,可能な限りこれらの論 理的な関係を構造化しておく.図3.27 にこの論文の「起承転結」の相互関係 を示した.必ずしも,一般の文の「起承転結」が図3.

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